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沿革

1871年~

1871年(明治4年)4月 早矢仕有的の首唱による有志の寄金を基に、元弁天通に「仮病院」開設。まもなく近隣の失火により類焼したため9月閉院。
1872年(明治5年)7月 太田町6丁目に代替施設を開き「横浜病院」(十全病院の前身)と称す。
1872年(明治5年)10月 太田町6丁目の横浜病院を野毛老松町の新施設に全て移し、「横浜共立病院」と改称し、規模を一新して発足。
1874年(明治7年)2月 官民合資であった横浜共立病院を県立とし「十全医院」と改称。
1891年(明治24年)4月 神奈川県十全医院を横浜市に移管し、「横浜市十全医院」と改称。

1944年~

1944年(昭和19年)4月 横浜市立医学専門学校設立に伴い「横浜市立医学専門学校附属十全病院」と改称。
1949年(昭和24年)4月 横浜市立医学専門学校が横浜医科大学となったため「横浜医科大学病院」と改称。
1952年(昭和27年)4月 横浜市立大学医学部の設置に伴い「横浜市立大学病院」と改称。
1954年(昭和29年)4月 「横浜市立大学医学部病院」と改称。
1967年(昭和42年)9月 第1看護婦宿舎(235名収容)竣工。(平成10年7月解体)
1967年(昭和42年)11月 1号館(旧称:第1新館、収容300床)竣工。
1972年(昭和47年)3月 2号館(旧称:第2新館、収容700名)と第2看護婦宿舎(151名収容)竣工。
1972年(昭和47年)6月 3号館(旧称:別棟)竣工。(平成7年3月解体)
1987年(昭和62年)3月 高度先進医療の承認(厚生大臣)を受ける。
特定承認保険医療機関の承認(県知事)を受ける。
ICU病棟6床から8床に増床。
1989年(平成元年)12月 4号館(現:救急棟)竣工。
1990年(平成2年)1月 救命救急センター、熱傷センター稼動開始。
1991年(平成3年)7月 「横浜市立大学医学部附属浦舟病院」と改称。特2類基準看護224床の承認(県知事)。金沢区福浦に横浜市立大学医学部附属病院開院。
1991年(平成3年)9月 5号館(現:研究棟)竣工。
1998年(平成10年)3月 看護婦宿舎竣工。
1999年(平成11年)7月 新病院棟(現:本館)、駐車場棟竣工。

2000年~

2000年(平成12年)1月 「横浜市立大学医学部附属市民総合医療センター」と改称。
本館500床オープン。
2000年(平成12年)6月 720床全床オープン。
2003年(平成15年)4月 高度救命救急センターの承認(厚生労働大臣・県知事)。
2003年(平成15年)8月 赤ちゃんにやさしい病院の認定(ユニセフ・WHO)。
2004年(平成16年)4月 財団法人日本医療機能評価機構による病院機能評価Ver.4.0の認定。
2005年(平成17年)4月 公立大学法人化。「横浜市立大学附属市民総合医療センター」と改称。
2007年(平成19年)6月 総合周産期母子医療センターの指定を受ける。
2007年(平成19年)9月 地域医療支援病院の認定を受ける。
2009年(平成21年)5月 財団法人日本医療機能評価機構による病院機能評価Ver.5.0の認定。

2010年~

2010年(平成22年)4月 産科病床6床を増床し、合計726床となる。
2012年(平成24年)4月 生殖医療センター、病理診断科を新たに設置。
2014年(平成26年)8月 財団法人日本医療機能評価機構による病院機能評価3rdG:Ver.1.0の認定。
地域がん診療連携拠点病院の指定を受ける。
2015年(平成27年)8月 厚生労働省 平成27年度補助金事業『医療機関における外国人患者受入れ環境整備事業』医療通訳拠点病院の認定を受ける。
2017年(平成29年)4月 ペインクリニックを新たに設置。
2018年(平成30年)6月 がん包括センターを新たに設置。
2019年(平成31年)4月 緩和ケア内科を新たに設置。

2020年~

2020年(令和2年)1月 財団法人日本医療機能評価機構による病院機能評価3rdG:Ver.2.0の認定。
がんゲノム医療連携病院の認定(厚生労働大臣)。
2020年(令和2年)4月 遺伝子診療科及び放射線診断科を新たに設置。
2021年(令和3年)3月 神奈川県原子力災害医療協力機関の登録。
2021年(令和3年)4月 がんゲノム診断科及び救急(ER)部を新たに設置。

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