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神経障害性疼痛や線維筋痛症の治療薬候補化合物の開発 -モルヒネ鎮痛効果の障害も解除-

2017.09.15
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神経障害性疼痛や線維筋痛症の治療薬候補化合物の開発 -モルヒネ鎮痛効果の障害も解除-

~科学雑誌『Bioorganic & Medicinal Chemistry Letters』に掲載~

横浜市立大学大学院生命医科学研究科 栗田順一特任助教、平尾優佳特任助手、西村善文学長補佐と、長崎大学医歯薬総合研究科 植田弘師教授は、㈱PRISM BioLab の小路弘行博士らとの共同研究で、神経障害性疼痛や線維筋痛症を治癒させる候補化合物を開発しました。
開発に当たっては、NMR という特殊な分光器を用いて、神経障害性疼痛に関与しているタンパク質の機能に必要な構造を解析し、その一部を模倣した化合物を設計して合成しました。この化合物は確かにタンパク質の機能の一部を模倣している事がNMR で確認でき、その化合物を神経障害性疼痛のモデルマウスと線維筋痛症のモデルマウスに投与すると、障害の改善効果が明らかに認められました。
研究成果のポイント 

○神経障害性疼痛の治療薬候補化合物(mS-11)をデザインし合成した。
○神経障害性疼痛と線維筋痛症において減弱していたモルヒネの鎮痛効果を回復した。
○中高年女性に非常に多い原因不明の線維筋痛症にも効果が期待できる。
なおこの研究の一部は、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」、文部科学省「先端研究基盤共用促進事業(共用プラットフォーム形成支援プログラム)NMR プラットフォーム」と、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO) 、ならびに日本学術振興会(JSPS)科学研究費基盤(A)の助成事業の成果です。

研究の背景

神経障害性疼痛には神経特異的転写抑制因子NRSF というタンパク質が関与していることが共同研究者である長崎大学の植田教授らにより2010 年に報告されていました。NRSF は非神経細胞や神経前駆細胞で神経遺伝子の発現を抑制するタンパク質(リプレッサー)として知られ、NRSF の発現や核への移行が抑えられてその働きが抑制されると、神経特異的な遺伝子群が発現して正常な神経細胞が出来ます。反対に、神経細胞でNRSF の働きが完全に抑制されないと異常な神経細胞ができ、小児の重篤な神経がんである髄芽腫や遺伝性神経疾患であるハンチントン舞踏病、神経障害性疼痛の発症が報告されています。
NRSF が働く時には別の共役タンパク質(コリプレッサー)であるSin3 と結合する必要があります。Sin3 はヒストン脱アセチル化酵素HDAC に結合していて、これが染色体構造を固くすることで遺伝子の発現を抑制します。NRSF がSin3 に結合する事は神経の遺伝子発現を抑制するために重要です。西村学長補佐らが2005 年にNRSF がSin3 に結合する様子をNMR で解析したところ、神経障害性疼痛等の神経疾患でNRSF の発現や核への移行が抑えられなくても、NRSF とSin3 の結合を阻害すれば治療に繋がると考えられたことから、本研究開発につながりました。
図1.NRSF(別称REST)は約1000 種類の神経遺伝子(Na イオンチャネル、ミューオピオイド受容体、コリンアセチルトランスフェラー ゼ、アセチルコリン受容体等)を特異的に抑制するタンパク質(リプレッサー)で共役因子のmSin3 と結合して神経遺伝子のクロマ チン構造を変化させて遺伝子の発現を抑制する。私達はNRSF とmSin3B の相互作用領域の構造をNMR で解析した。
図2.NMR による構造解析の結果(参考文献1)。mSin3B のタンパク質(PAH1 ドメイン)の構 造の表面に緑色の溝がある。その溝にNRSF の一部がらせん構造で結合している。今回は このらせん構造を模倣した化合物をデザインし合成した。

研究の概要と成果

NRSF は非常に短いらせん構造(ヘリックス)の部分でSin3 の溝に結合していたので、このらせん構造を模倣した化合物(mS-11)をデザインして合成し、実際にmS-11 化合物がSin3 に結合している様子をNMR 法を用いて解析したところ、NRSF タンパク質の場合と同じようにSin3 の溝に結合している事を確認できました。
こうした基礎研究を踏まえて、神経障害性疼痛のモデルマウスと植田教授らが独自に開発したストレス誘発性の線維筋痛症のモデルマウスにそれぞれmS-11 化合物を投与すると、明らかな障害の改善効果が認められました。また、これらの障害では鎮痛剤であるモルヒネの効き目が無くなっていましたが、mS-11 の投与によりその鎮痛効果も改善しました。NRSF の代わりにmS-11 化合物がSin3 に結合することで、神経特異的な遺伝子群が発現して正常な神経細胞が出来たと想定されます。
したがって、mS-11 化合物はヒトの神経障害性疼痛や線維筋痛症治療の有望なリード化合物として今後の展開が期待されます。
図3.今回の実験の概要。図2 のらせん構造に基づいて化合物をデザインし合成した。その化合物がmSin3B(PAH1 ドメイン)に 結合している様子をNMR で解析した結果NRSF のらせんと同じように結合していることが分かった。その結果に基づいて化 合物を線維筋痛症のモデルマウスに投与したところ線維筋痛症が治癒した。
図4.NRSF のらせん構造を模倣した基本構造のC699 を よりらせん構造に最適化したmS-11 化合物を合成した。
図5.合成した化合物mS-11 がmSin3B タンパク質 (PAH1 ドメイン)に結合している様子をNMR で解析 した結果。
図6 A:神経障害性疼痛鈍麻のモデルマ ウスに電気刺激を与えると疼痛鈍麻のモ デルマウスでは2 倍程度の電流を流さな いと応答しないがmS-11 化合物を投与す ると正常なマウスに近づいた。 B:神経障害性疼痛モデルマウスでは熱 刺激に対するモルヒネ鎮痛効果が見られ ないがmS-11 を投与するとモルヒネ鎮痛 効果が観測された。 C:線維筋痛症モデルマウス(繰り返し冷却 ストレスマウス)は熱刺激に対して過敏に 応答するがmS-11 を投与すると正常マウ スと同様な応答になった。 D:線維筋痛症モデルマウス(繰り返し冷 却ストレスマウス)はモルヒネ鎮痛効果を 示さないがmS-11 を投与するとモルヒネ 鎮痛効果が観測された。 E:線維筋痛症モデルマウス(繰り返し心 理的ストレスマウス)は熱刺激に対して過 敏に応答するがmS-11 を投与すると正常 マウスと同様な応答になった。 F:線維筋痛症モデルマウス(繰り返し心 理的ストレスマウス)はモルヒネ鎮痛効果 を示さないがmS-11 を投与するとモルヒ ネ鎮痛効果が観測された。

今後の展開

今回開発した化合物を発展させ、実際にヒトの神経障害性疼痛や線維筋痛症の治療薬の開発を行いたいと考えています。

参考文献

1. Nomura, M., Uda-Tochio, H., Murai, K., Mori, N., and Nishimura, Y. The Neural Repressor NRSF/REST Binds the PAH1 Domain of the Sin3 Corepressor by Using its Distinct Short Hydrophobic Helix J. Mol. Biol.,354, 903-915 (2005).

用語説明

線維筋痛症:
特定できる原因が無く、全身に激しい痛みがあり、日本人の約1.7%約200 万の患者がいると推測されている。中高年女性に多く原因は不明だが、中枢神経の異常によって痛みを増幅させていると考えられる。今回の実験によってこの疾病にNRSF が関与している可能性が示された。
神経障害性疼痛:
皮膚などの知覚神経から大脳皮質までの痛み神経伝達経路上の様々な障害によって神経が異常興奮して生じる痛み。

論文著者、ならびにタイトルなど

A mimetic of the mSin3-binding helix of NRSF/REST ameliorates abnormal pain behavior in chronic pain models
Hiroshi Ueda a, Jun-ichi Kurita b, Hiroyuki Neyama a, Yuuka Hirao b, Hiroyuki Kouji c,d,Tadashi Mishina c, Masaji Kasai c, Hirofumi Nakano c,e, Atsushi Yoshimori f, and Yoshifumi Nishimura b,*
https://doi.org/10.1016/j.bmcl.2017.09.006

a 長崎大学医歯薬学総合研究科
b 横浜市立大学大学院生命医科学研究科
c 株式会社PRISM BioLab
d 大分大学医学部
e 北里大学
f 株式会社理論創薬研究所

お問い合わせ先

横浜市立大学

(本資料の内容に関するお問い合わせ)
横浜市立大学 大学院生命医科学研究科 西村 善文
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E-mail:nisimura@yokohama-cu.ac.jp

(取材対応窓口、資料請求など)
横浜市立大学 研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠
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長崎市文教町1-14
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