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大学院生 門井 辰夢さんが筆頭著者の論文 Modern Pathologyに掲載

2023.08.31
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深層学習による濾胞性甲状腺腫瘍の鑑別に関して、大阪大学大学院医学系研究科病態病理学 野島 聡准教授らと共同研究

生命医科学研究科 生命情報科学研究室の門井 辰夢さんらの研究グループは、甲状腺濾胞癌と濾胞腺腫を高性能で分類する深層学習モデルを開発しました。その論文が、米国カナダ病理学会(USCAP)の機関誌「Modern Pathology」誌に掲載されました。 
論文著者
大学院生命医科学研究科 博士前期課程1年
生命情報科学研究室

門井 辰夢かどい ときむさん

国際総合科学部 理学系 生命医科学コース
生命情報科学研究室(2022年3月卒業)

加藤 千遥かとう ちはるさん

指導教員:
大学院生命医科学研究科
生命情報科学研究室 寺山 慧 准教授
 

論文タイトル
Deep-learning-based differential diagnosis of follicular thyroid tumors using histopathological images
病理組織画像を用いた深層学習による濾胞性甲状腺腫瘍の鑑別


掲載雑誌
Modern Pathology

—今回の研究内容について門井さんに解説していただきました。

甲状腺濾胞癌(Follicular thyroid carcinoma: FTC)は甲状腺がんの一種で、濾胞細胞から生じる悪性腫瘍です。一般的にFTCは成長が遅く、予後は良好ですが、FTC患者の20~30%に、再発を来し予後不良の症例があります。FTCの診断には、がん組織をプレパラートにして顕微鏡で観察する病理組織診断が必須となりますが、現在の手法では、腫瘍細胞の形態学的特徴だけからでは良性である濾胞腺腫(Follicular adenoma: FA)とFTCを区別することができないことが課題となっています。現状、FTCとFAを区別するためには、被膜浸潤*1、血管浸潤*2、およびリンパ節転移などを外科的に取り出されてきたがん検体の全体をくまなく評価することで見出す必要があります。しかし、これらの特徴は検体内のごく一部の領域にしか含まれていないことが多く、それらを見逃す可能性があります。また、手術で取り出されてきた検体を評価することでしか確定診断ができないということは、手術前に診断を行い、手術とは別の選択肢の治療を選ぶということが不可能であるということにもなります。そのため、組織の一部のみから形態学的にFTCとFAの鑑別ができるようになれば、生検組織検体*3や細胞診検体*4といった術前に施行される比較的侵襲性の低い方法で採取した検体からの診断により、早期発見、術前診断/治療が可能となることが見込めます。
そこで本研究では、ヘマトキシリン・エオジン染色(HE染色*5)を用いて作製したFTC、FAのプレパラートからデータを取り込み、これらよりランダムに組織診画像を抽出し、2疾患を鑑別する深層ニューラルネットワーク(Deep Neural Network: DNN)を使用した分類モデルの開発に試みました(図1)。その結果、分類性能を示す指標であるROC曲線下の面積(Area Under the ROC Curve: AUC*6)が0.91と高性能な分類モデルの開発に成功しました(図2A)。また、分類において重要だと判断された領域を可視化する手法GradCAMを用いて解析した結果、FTCとFAの鑑別は主に核の特徴に大きく依存していることが示唆されました(図2B)。さらに、深層学習を使用してFTC組織における再発リスク、広範な被膜浸潤、血管浸潤の予測を行うモデルの開発に試みました。その結果、改良の余地のある成績ではありましたが、一定のレベルでの予測が可能でした。今回得られた結果は、これまでの病理組織診断では不可能とされてきた形態学的特徴のみからの甲状腺濾胞性腫瘍の悪性/良性の診断が可能であることを示すもので、深層学習手法により生検試料に基づいてFTCの術前評価が可能となり、より効果的な治療戦略につながると期待されます。
 
図1:深層学習を用いて良性の濾胞線腫(FTC)と甲状腺濾胞癌(FA)を鑑別する概要図
図2:性能と分類においてモデルが重視している箇所の可視化
A:ROC曲線。分類する閾値に基づいて、横軸に偽陽性率(False Positive Rate)、縦軸に真陽性率(True Positive Rate)をプロットした曲線。
B:分類においてモデルが重視している箇所を可視化したもの。上が実際にFTCでモデルがFTCと予測した画像、下が実際にFAでモデルがFAと予測した画像の元画像(左)、ヒートマップ(中央)、元画像にヒートマップを重ねた画像(右)。


(用語説明)
*1被膜浸潤:がん細胞が甲状腺周囲の被膜を破り広がること
*2血管浸潤:がん細胞が血管/リンパ管内に侵入すること。この結果、血流/リンパ流に乗って多臓器に転移する危険がある。
*3生検組織検体:病変組織の一部を採取することにより得られた組織の試料
*4細胞診検体:体液等から採取された細胞の試料
*5 HE染色:ヘマトキシリンとエオジンという2種類の色素を用いて細胞を染色する手法。病理組織診断におけるプレパラートの作製に最も主要に用いられている。
*6 AUC:ROC曲線下の面積で0~1の値をとり、1に近いほど分類性能が良いとされる評価指標


門井さんのコメント
本研究では、甲状腺濾胞癌という難しいがんの診断において、新しいアプローチを試みました。甲状腺濾胞癌と良性の濾胞腺腫を見分けるのは今まで難しい問題でしたが、私たちの研究では深層学習手法を用いて高い分類性能を示すモデルの開発に成功しました。
この成果により、将来的には生検の組織検体や細胞検体からより確実に甲状腺濾胞癌を診断し、患者さんの治療においてより適切な戦略を選ぶ手助けになることが期待されます。この研究の成果が、医療の分野で新たな可能性を開拓する一助になることを願っています。今後もさらに研究を進めて、社会に貢献できるよう尽力していく所存です。日頃よりご指導いただいている寺山先生をはじめ、大阪大学大学院医学系研究科病態病理学の野島聡先生、生命情報科学研究室の皆様に深く感謝申し上げます。

指導教員:寺山 慧 准教授のコメント
門井さん、加藤さん、論文掲載おめでとうございます!本研究は、加藤さんが学部の卒業研究として開始したもので、門井さんが卒業研究として引き継ぎ完成させたものです。学部生でありながら、深層学習と甲状腺腫瘍という異なる分野・対象について学び、さらに研究として新たな知見を明らかにし、論文という形で世に出せたことは大変素晴らしい成果です。今後もさらに学びを深めつつ、研究を進展させて行くことを期待しています。また、本研究は、大阪大学大学院医学系研究科病態病理学の野島聡准教授をはじめとして多くの先生方、病院関係者の皆様のご協力によるものです。この場を借りて深く感謝申し上げます。
 
掲載論文
DOI:10.1016/j.modpat.2023.100296
 
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