先端医科学研究センター先端医科学研究センター
search

難治性乳幼児てんかんの責任遺伝子を特定し、 その病態メカニズムを解明しました

2018.09.26
  • TOPICS
  • 研究
  • 医療

難治性乳幼児てんかんの責任遺伝子を特定し、 その病態メカニズムを解明しました

愛知県心身障害者コロニー発達障害研究所の永田浩一副所長、日本学術振興会の浜田奈々子特別研究員、浜松医科大学医化学講座の中島光子准教授・才津浩智教授及び横浜市立大学医学部の松本直通教授らを主体とする共同研究グループは、小児期早期に発症する難治性乳幼児てんかんの責任遺伝子(異常が生じると当該病気が発症する遺伝子)として「PHACTR1(ファクター・ワン※1)」を特定し、その遺伝子変異による病態メカニズムを解明しました。
この成果は、難治性乳幼児てんかんの原因解明と治療法開発に新しい手がかりを与えるもので、国際的学術専門誌に論文掲載されます。
本研究は、日本医療研究開発機構 難治性疾患実用化研究事業「希少難病の高精度診断と病態解明のためのオミックス拠点の構築」の一環として実施されました。

掲載雑誌:Brain(ブレイン:脳医学研究雑誌)
ウェブ掲載:2018年9月26日(協定世界時)
雑誌のホームページアドレス:https://academic.oup.com/brain

研究の背景

てんかんは最も頻度が高い神経疾患の一つであり、およそ1000人に6~8人がてんかんに罹患しているといわれています。特に乳幼児期に発症する早期発症型てんかんは難治性であることが多く、乳幼児の脳神経系の発達に重大な影響を及ぼすことが知られています。ウエスト症候群※2は、生後3-11ヵ月時に発症する難治性乳幼児てんかんの一つであり、日本国内では少なくとも約4000人の患者がいると推測されています。難治性乳幼児てんかんにおいては遺伝的要因との関与が強く示唆されており、近年のゲノム解析技術の発展によって、次第に責任遺伝子が明らかになりつつありますが、てんかん発症の分子メカニズムはほとんど分かっておらず、原因の究明が求められています。

研究の過程

本研究では、早期発症型てんかんの責任遺伝子を探るため、700例の小児てんかん患者に対して全エクソーム解析※3を施行し疾患責任遺伝子の検索を行いました。その結果、2名のウエスト症候群患者においてPHACTR1遺伝子のde novo変異4が同定されました(参考図A)。PHACTR1遺伝子はPHACTR1(ファクター・ワン)と呼ばれるタンパク質をコードしており、細胞内でアクチン※5と呼ばれる細胞骨格タンパク質などと結合することで、細胞の形態や機能を調節する役割をもつと考えられています。アクチンタンパク質の働きが正しく制御されることは脳神経系の発達や機能に非常に重要であり、PHACTR1遺伝子の変異によってアクチンタンパク質の制御に障害をきたすことが予想されました。そこで、PHACTR1タンパク質の機能を抑制したマウスを作成し、PHACTR1の遺伝子変異が脳神経の機能にどのような影響を与えるのかを検討しました。


研究成果

本研究により、早期発症型てんかんであるウエスト症候群患者において、2種類のPHACTR1遺伝子変異が見出されました。いずれの変異も、アクチン結合領域のアミノ酸が別のアミノ酸に置換される変異でした(参考図A)。この結果は、PHACTR1がウエスト症候群の新規責任遺伝子であることを示しています。その後、マウスを用いた実験で、1)PHACTR1タンパク質がアクチンと結合し、その機能を調節することが発達期の神経細胞の形態・移動やシナプス形成に重要であり(補足説明参照)、2)PHACTR1遺伝子の変異によってこの機能調節に異常が生じると、神経細胞の形態・移動やシナプス形成・機能に障害が起こり、てんかん発作や知的障害の原因となる可能性が示されました。

PHACTR1の遺伝子変異によるウエスト症候群の発症メカニズム】
PHACTR1遺伝子に変異が起こると、PHACTR1タンパク質の性質が変化してしまってアクチン※5と結合できなくなります。その結果、アクチンの機能が正しく調節されなくなり、脳発達障害が起こり、最終的にウエスト症候群の発症につながると考えられます。


研究の意義

本研究成果は、ウエスト症候群を含む難治性乳幼児てんかんの原因究明に資するものであり、「アクチン細胞骨格の正常化」を標的にした新たなてんかん治療法開発の可能性を提起しました。

掲載雑誌情報

【Brain】
1878年に創刊され、英国オックスフォード大学出版局が発行する学術雑誌で、脳医学研究におけるトップジャーナルです。神経内科および脳科学研究に関する独自性の高いハイレベル論文を掲載する権威ある専門誌で、インパクトファクター(学術雑誌を評価する目的で参照される数値)に基づく評価では、神経内科分野の学術誌197誌中6位、神経科学分野の学術誌261誌中13位にランクされています。

<掲載論文>
De novo PHACTR1 mutations in West Syndrome and their pathophysiological effects
(ウエスト症候群におけるPHACTR1遺伝子の突然変異とその病態意義)
浜田奈々子、大萱俊介、中島光子、西條琢磨、菅原祐之、岩本郁子、伊東秀記、牧祐輝、白井謙太朗、馬場信平、丸山幸一、才津浩智、加藤光広、松本直通、籾山俊彦、永田浩一
Doi: 10.1093/brain/awy246
https://academic.oup.com/brain/article-lookup/doi/10.1093/brain/awy246
 

補足説明

※1  PHACTR1(ファクター・ワン)
PHACTR1は、全身の臓器に広く存在するタンパク質である。細胞内でアクチンと呼ばれる細胞骨格タンパク質などと結合することで、細胞の形態や機能を調節する役割をもつと考えられる。がん細胞の浸潤・転移における細胞の移動にも関与することが報告されている。神経細胞では、シナプスという神経細胞同士の接触部位の形態と機能調節、及び、樹状突起や軸索の形態維持に関与すると考えられている(下図参照)。





※2 ウエスト症候群
別名「点頭てんかん」とも呼ばれる。発症すると外からの刺激への反応が乏しく無表情になったり、おもちゃなどに対する関心が薄くなったりする。てんかん発作は、覚醒直後や眠いときに突然、頭部を一瞬垂れたり(点頭)、四肢を一瞬、縮める発作が5-40秒毎に繰り返し続くもので、てんかん性スパズム、あるいは「点頭てんかん発作」と呼ばれる。また脳波検査で特徴的な異常脳波(ヒプスアリスミアという専門用語で呼ばれる)があり、多くの患者では知的障害を認める。13歳以下の全小児てんかんの約5%を占める。

※3 全エクソーム解析
ゲノム上のエクソン領域(タンパク質の配列を決定する遺伝子領域)を分離した後、その塩基配列を次世代シークエンサーで解析する方法。

※4 de novo変異
両親兄弟には認められず、患者のみに生じた遺伝子変異。

※5 アクチン
酵母や動植物細胞に存在するタンパク質であり、「アクチン細胞骨格」と呼ばれる「細胞内の骨組み」の主要な構成成分である。このタンパク質が数珠繋ぎになって「アクチン細胞骨格」を形成する。細胞骨格のダイナミックな動きが細胞の形態形成や運動において重要な働きを担う。
 図A: ウエスト症候群患者2名で認められたPHACTR1遺伝子変異。遺伝子変異の一つは、479番目のアミノ酸がアスパラギン酸からイソロイシンに置き換わっている。もう一つの変異は、500番目のアミノ酸がロイシンからプロリンに置き換わっている。

お問合わせ先

 (本資料の内容に関するお問い合わせ)

横浜市立大学 学術院医学群  遺伝学
教授  松本  直通
TEL:045-787-2606
E-mail:naomat@yokohama-cu.ac.jp 

(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課
課長  渡邊 誠
TEL:045-787-2510
E-Mail:kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp 
  • このエントリーをはてなブックマークに追加