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循環器内科学 石上友章准教授、国費留学生 陳琳らの研究グループが動脈硬化症の細胞レベルでの病態の解明に成功

2016.11.11
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  • 研究

循環器内科学 石上准教授らの研究グループが動脈硬化症の細胞レベルでの病態の解明に成功

~残余リスク(Residual Risk) *の制圧へ向けて、腸内細菌との関係が明らかに~

横浜市立大学医学部循環器腎臓内科学(主任教授田村功一)、国費留学生陳琳、石上友章准教授らは、生活習慣病の終末像で、心筋梗塞や脳梗塞の原因となる動脈硬化症の、細胞レベルでの詳細な病態を解明しました。
本研究により、動脈硬化症を特徴づける長期化・慢性化した炎症は、脾臓にある特定のBリンパ球が腸内細菌叢(腸内フローラ)に活性化されていることとの関係を明らかにしました。本研究では、腸内細菌叢を抗生物質カクテルで除菌するだけでなく、特定のBリンパ球に対する特異的な抗体の作用により、動脈硬化症が著明に軽快することも分かりました。日本人の健康長寿の障害になる、脳梗塞・心筋梗塞といった動脈硬化症の細胞レベルでの病態が明らかになることで、より良い診療の実現が期待されます。

研究の背景

動脈硬化症は、致死的・非致死的な心筋梗塞や、脳梗塞の原因となる重大な疾患です。高血圧、脂質異常症、糖尿病といった生活習慣病の終末像で、心肺機能低下による行動制限、麻痺、認知症、上肢下肢の切断等、生活の質を損なうことによって健康長寿の実現を妨げるばかりか、しばしば致命的となります。したがってその影響は、患者個人の生命はいうまでもなく、社会的な人材の喪失をもたらすとともに、治療介護費用・社会保障費の増大を招いて個人・国家の財政に多大な影響を与えており、社会資本の整備や、医療システムの向上だけでなく、病気自体の抜本的な対策が求められています。
現状、糖尿病、高血圧、脂質異常、慢性腎臓病、喫煙といったリスクファクターを制御することでこの病気を発症しにくくするか、急激な病状(心筋梗塞症、脳梗塞、重症下肢虚血)を呈した場合には、医療資源(消防救急システム、急性期血管内治療を施行できる設備と人材を備えた急性期病院)を最大限に活用して救命する以外に制圧の方法はありません。リスク制御による戦略は確実性に乏しく、臨床試験でも、集団を対象にした試験での相対的なリスク低下をもって有効性を判断する以外にありませんでした。
近年、この病気の成因には、脂質異常、糖代謝異常、血圧の亢進とともに局所性、全身性の炎症が深く関わっていることが明らかになり、病気を制圧するには炎症の理解が必須であると考えられています。これまでに石上准教授の研究グループは、動脈硬化症の炎症を長期化・慢性化させている生物学的基盤を調べるため、冠状動脈硬化症・閉塞性動脈硬化症患者の血清を対象に、約2000種類のタンパク質に対する自己抗体を解析し、病気の成因に複数の自己タンパクに対する自己抗体が関与することを明らかにしてきました。(Ishigami T, et al. FASEB J, 2013、米国特許 US 9,310,380 B2、2010年11月17日出願、2016年4月12日登録;日本特許特許第5904553号、2010/11/17出願、2016/3/25登録)

References

Anti-interleukin-5 and multiple autoantibodies are associated with human atherosclerotic diseases and serum interleukin-5 levels. Ishigami T, Abe K, Aoki I, Minegishi S, Ryo A, Matsunaga S, Matsuoka K, Takeda H, Sawasaki T, Umemura S, Endo Y.
FASEB J 2013 Sep;27(9):3437-45. doi: 10.1096/fj.12-222653

研究の内容

これまでの研究から、動脈硬化症における炎症の長期化・慢性化は、自己抗体による自己免疫機序が関与する可能性が示されました。自己タンパクは原則的に「免疫寛容」という仕組みによって免疫システムから抗原として認識されないようになっています。これが生活習慣の影響で抗原とされてしまう仕組みを、腸内細菌(commensal microbiota)由来の抗原が、自己の免疫系を異常に活性化することから説明できないかという考えのもと、実験動物を用いた本研究を計画しました。
具体的には、遺伝子改変ApoEノックアウトマウスを2群にわけ、抗生物質カクテル(AVNM)を、試験開始1週間前から投与を始めた群(A群)と、投与しない群(B群)とともに、高カロリー食・正常食を8週間与えたあとに、大動脈、大動脈周囲脂肪(PVAT)、脾臓、血液を採取しました。それぞれ、特殊な染色によるプラーク面積の評価、細胞を分離して表面抗原に対するフローサイトメトリー解析、血清脂質、IgG, IgG3、内臓脂肪容積の評価を行いました。
その結果、A群+高カロリー食群で、B群+高カロリー食群に比較して、大動脈および大動脈根部でのプラーク形成の抑制を認め、PVAT, 脾臓でのB細胞サブタイプの違いを明らかにしました。次に異なるB細胞サブタイプ間の遺伝子の発現プロフィルを、遺伝子アレイを使って解析し、さらにB細胞サブタイプの表面抗原に対する抗体を投与し、動脈硬化症の発症の程度を比較検討したところ、Toll様受容体を介する経路の活性化が認められ、抗体投与によって動脈硬化症の抑制が認められました。
本研究の結果、動脈硬化症における炎症の長期化・慢性化をもたらす免疫異常として、腸内共生微生物による、脾臓由来のB細胞サブタイプの動脈周囲脂肪組織における異所性の活性化が認められることが新たに明らかになりました。抗生物質カクテルの投与、およびB細胞サブタイプの表面抗原に対する抗体製剤の投与により、血清IgG/IgG3は低下し、血清脂質の変化を伴わずに動脈硬化症が抑制されることを明らかにしました。

(図1)腸内細菌を介して、B細胞が活性化することで動脈硬化症が発症する。
※本研究は、英学会誌『EBioMedicine』に掲載されました(10月20日オンライン掲載)。
Commensal microbes-specific activation of B2 cell subsets contribute to atherosclerosis development independent of lipid metabolism. Lin Chen, Tomoaki Ishigami*(corresponding author), Rie Nakashima-Sasaki, Tabito Kino, Masashi Doi, Shintaro Minegishi, Satoshi Umemura, EBioMedicine, 2016 ( http://dx.doi.org/10.1016/j.ebiom.2016.10.030 )

今後の展開

腸内共生微生物によるB細胞サブタイプの活性化は、動脈硬化症の炎症の長期化・慢性化をもたらす生物学的基盤であると考えられます。腸内細菌の除菌、およびB細胞サブタイプを標的にした抗体製剤は、この病態の制御により、動脈硬化症の制圧を可能にします。生活習慣病の治療標的である脂質、血圧、血糖のコントロールだけでは、動脈硬化症を十分にコントロールできずリスクが残ることから、その残余リスク(Residual Risk)に対する治療の必要性が訴えられています。腸内細菌およびB細胞サブタイプは、動脈硬化症診療における、脂質、血圧、血糖にかわる新規の治療標的であり、未知の残余リスクであると考えられます。今後は腸内細菌・B細胞サブタイプを標的にした治療によって、動脈硬化症の根本的な制圧が可能になると考えられます。

<注釈>
*残余リスク:動脈硬化は脂質異常が最大の要因となって起こることが従来の研究で示されてきたが、高血圧、糖尿病などが要因の、LDLコレステロールの値を制御しても軽減できないリスク


お問い合わせ先

(本資料の内容に関するお問い合わせ)
公立大学法人横浜市立大学学術院医学群循環器内科学石上 友章
Tel:045-787-2635Fax:045-701-3738
E-mail:

(取材対応窓口、資料請求など)
公立大学法人横浜市立大学 研究企画・産学連携推進課長渡邊誠
TEL:045-787-2510
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