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生理学 高橋教授ら研究グループが養育放棄(ネグレクト)で見られる攻撃性増加の原因分子を特定

2016.10.25
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生理学 高橋教授ら研究グループが養育放棄(ネグレクト)で見られる攻撃性増加の原因分子を特定

~『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載~

横浜市立大学 学術院医学群 生理学 高橋琢哉教授らの研究グループは、養育放棄(ネグレクト)においてしばしば見られる社会的に隔離された養育環境(母親や他の子どもから引き離されて一人になってしまっている養育環境)が攻撃性を上げる分子細胞メカニズムを世界で初めて解明しました。
幼少時の養育環境はその後の精神形成に大きな影響を及ぼします。養育放棄(ネグレクト)は全虐待の40%近くを占めると言われ、大きな社会問題になっています。養育放棄された子どもの多くは、社会的に隔絶された環境(母親や他の子どもとの社会的関係が断たれた環境)にさらされます。このような養育環境は*1境界性人格障害等の社会的関係の障害の原因の一つになっていると考えられており、特に攻撃性の増加を引き起こすということが報告されています。しかしながら、そのような養育環境による攻撃性増加の生物学的なメカニズムは不明でした。
今回の研究において、1) 社会的隔離環境を経験した動物の内側前頭前野(社会行動において重要な役割を果たしている大脳皮質領域)では、グルタミン酸受容体の一つである*2AMPA受容体のシナプスへの移行が阻害されること、2) その現象をストレスホルモンの増加が仲介していること、3) その現象および攻撃性増加を細胞骨格分子であるコフィリンの不活性化が仲介していること、を明らかにしました。本研究の動物モデルは、養育環境に起因した様々な難治性精神疾患の新規治療薬開発の糸口になると期待されます。

※本研究は、米国科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されました。
※本研究は、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」(平成21~26年)の一環として、また科学研究費補助金などの助成を受けて行われました。

<図>発育期の社会的隔離によりAMPA受容体シナプス移行阻害が起きる

研究の背景と経緯

我々の脳は外界からの刺激に応答して変化していきます。特に、発育期の様々な社会的な刺激(母子関係等)とそれに対する応答はその後の精神形成に非常に重要な役割を果たしています。こうした脳の機能を可塑性と呼びます。神経細胞と神経細胞をつなぎ、神経細胞間の情報伝達の中心を担っている構造体をシナプスと呼びますが、ある神経細胞が活性化するとその神経細胞のシナプス前末端より神経伝達物質が放出され、別の神経細胞にあるシナプス後末端にある受容体に結合することにより情報が伝わります(図)。
脳に可塑的変化が起こるとき、このシナプスにも応答が強められたり弱められたりするといった変化が見られます。脳内シナプス伝達において中心的な役割を担っている神経伝達物質の1つがグルタミン酸であり、AMPA受容体はその受容体です。動物が新しいことを経験してシナプスに可塑的な増強が起こるとき、このAMPA受容体がシナプス後膜に移動し、シナプスにおけるその数を増やすことによりシナプス応答が増強することはすでに明らかになっており(Takahashi et al. Science 2003)、AMPA受容体のシナプス移行が脳可塑性の分子基盤の一つであるというコンセプトが世界的に認められてきました。
社会性が構築されていく発育期の異常な養育環境はその後の精神形成に大きな影響を及ぼし、しばしば難治性の精神疾患を引き起こすと考えられています。特に養育放棄に代表される虐待の経験をもった人は攻撃性の増加等の社会性障害を引き起こします。しかしながら、その分子神経基盤は不明でした。高橋琢哉教授らの研究グループは、養育放棄においてしばしば見られる社会的に隔離された環境を発育期に経験した動物において、1) 攻撃性が増加すること、2) 社会行動において重要な役割を果たしている内側前頭前野においてAMPA受容体のシナプス移行が阻害されていること、3) この現象がストレスホルモンの増加を介しているということ、4) 細胞骨格制御因子であるコフィリンが攻撃性増加、脳回路形成異常を仲介していることを世界に先駆けて明らかにしました。


研究の内容

本研究グループは、ウィルスを用いた生体内遺伝子導入法、電気生理学的手法を駆使し、社会的隔離ラットが攻撃性増加を呈すること、内側前頭前野において、AMPA受容体シナプス移行が阻害されていること、ストレスホルモンであるグルココルチコイドによりこれが仲介されていること、このシナプスにおける変化および攻撃性増加が細胞骨格制御因子であるコフィリンにより仲介されていることを見出しました。内側前頭前野、社会的行動において非常に重要な役割を果たしていますが、幼若期の社会的隔離によるストレスがこの領域において脳の可塑性を低下させることによりその機能低下を引き起こすこと、およびその分子細胞メカニズムが本研究により明らかになり、劣悪な養育環境に起因した重篤な社会性障害のメカニズム解明につながる研究であると期待されます。

今後の展開

本研究で解析が進んだ「社会的隔離動物」を用いて、その表現型を戻す化合物の探索が可能になり、養育環境に起因した重篤な精神疾患の新規治療薬開発の糸口になると期待されます。

*1 境界性人格障害:社会性障害の一つであり、「社会に必要とされていない」等の漠然とした不安感を常に抱えている。それによる抑うつ等の感情障害が強く、特徴的な行動はリストカットに代表される自傷行為である。社会的関係が構築されていく養育期の家庭環境(不安定な母子関係等)に起因していることが多いと考えられている。全人口の約1%-2%が罹患していると言われ、症状の強さにもよるが現在の治療ではコントロールが困難なケースが多い。

*2 AMPA受容体:グルタミン酸を神経伝達物質としたシナプスは、脳内情報処理の中心的役割を担っている。AMPA受容体はグルタミン酸受容体の一つで、神経伝達物質であるグルタミン酸が結合すると、イオンチャネルを形成しているAMPA受容体が活性化し、イオンが細胞内に流入する。このイオンの流入がシナプス応答になる。したがって、シナプスにおけるAMPA受容体の数が増えることによりシナプス応答が大きくなる。このようなシナプス応答の増強は記憶学習をはじめとした脳内情報処理の変化の中心的メカニズムであることが知られている。


お問い合わせ先

(研究内容に関するお問い合わせ)
大学院医学研究科 生理学 教授 高橋 琢哉
TEL:045-787-2577 E-mail:

(取材対応窓口、資料請求など)
研究企画・産学連携推進課長 渡邊 誠
TEL:045-787-2510 E-Mail:
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