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免疫学 田村智彦教授らの研究グループが、白血球の分化において貪食細胞への運命を決定するタンパク質の働きを解明 ~免疫不全症や慢性骨髄性白血病の病態理解にヒント~

2014.09.19
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  • 研究

免疫学 田村智彦教授らの研究グループが、白血球の分化において貪食細胞への運命を決定するタンパク質の働きを解明 ~免疫不全症や慢性骨髄性白血病の病態理解にヒント~

~『Nature communications』に掲載~

横浜市立大学大学院医学研究科 免疫学 田村 智彦教授や黒滝 大翼(だいすけ)助教らの研究グループは米国国立衛生研究所と共同で、転写因子IRF8による貪食細胞への分化決定の分子メカニズムを解明しました。本研究成果は英国の科学雑誌『Nature Communications』(平成26年9月19日オンライン版)に掲載されました。
☆研究成果のポイント
・転写因子(*1)IRF8は単核貪食細胞(*2)の前駆細胞(もとになる細胞)で強く発現し、IRF8を欠失したマウスの単核貪食細胞前駆細胞は本来分化すべき単核貪食細胞にはよく分化できない一方で、好中球(*3)へと異常に分化してしまうことを発見した
・IRF8は好中球分化を引き起こす機能を持つ転写因子C/EBPαと結合し、その機能を抑制することで、単核貪食細胞前駆細胞が好中球にならないようにしていることを示した
・IRF8遺伝子変異による機能低下によって引き起こされるヒト免疫不全症があることや、慢性骨髄性白血病の病態形成にIRF8発現低下が深く関わっていることが知られており、今回の発見からそれらの疾患についての更なる病態理解や治療法開発が期待される

研究の背景

免疫を司る白血球には機能の異なるたくさんの種類があることが知られています。すべての白血球は骨髄に存在する造血幹細胞からつくられます。そして幹細胞のように将来様々な細胞になる可能性を持つ細胞が、いくつかの段階の前駆細胞を経て最終的にある一種類の成熟した機能をもった細胞になる(分化する)過程は、それ以外の種類の細胞にはもうならないということを決めていく過程でもあります。白血球分化の異常は免疫疾患や白血病などの疾患の原因となってしまいますが、分化の仕組みにはまだ不明な点が多く残されています。本研究グループは「転写因子による遺伝子発現制御」の観点で白血球分化機構の解明を進めてきました。
白血球のうち単核貪食細胞(細かくは単球と樹状細胞が含まれます)は、感染の際に病原微生物を貪食(*4)する細胞で、その微生物の情報を獲得免疫(*5)系のT細胞やB細胞に伝える能力を持っているため、免疫系において司令塔とも言える極めて重要な細胞です。単核貪食細胞が産生されるためには、造血幹細胞から骨髄系共通前駆細胞、顆粒球-単球前駆細胞(GMP)、単球-樹状細胞前駆細胞(MDP)という段階を経ることが知られています(図1左)。MDPの下流には単球前駆細胞(cMoP)と樹状細胞共通前駆細胞(CDP)が存在し、それぞれ単球と樹状細胞を産生します。ここでGMPがMDPになるためには顆粒球(好中球など)への分化能を失う必要があるのですが、その仕組みは不明でした。
転写因子IRF8の遺伝子変異をもつヒトや遺伝子を欠損したマウスでは単球や樹状細胞が著しく減少する一方で好中球が異常に増加します。実際IRF8は好中球分化を抑制することが本研究グループや他の研究者らによって示されています。しかしながら、IRF8が具体的にどの前駆細胞でどのようなメカニズムで好中球分化を抑制するのかは全くわかっていませんでした。

研究の内容と成果

本研究グループはまず造血幹細胞や各種前駆細胞を詳しく調べ、正常なマウスではIRF8タンパク質がMDPの段階から初めて強く発現することを見出しました。IRF8欠損マウスではMDPやcMoPが野生型のマウスよりも著しく増加していました。そしてIRF8欠損マウスのMDPやcMoPは樹状細胞や単球の産生能が著しく低下しており、驚いたことに本来なるはずのない好中球へと分化してしまうことを突き止めました。IRF8欠損マウスでは蓄積したMDPやcMoPから好中球が産生されてしまうことが、好中球の増加する大きな原因であると考えられます(図1右)。
それではなぜIRF8が無いとMDPやcMoPは好中球に分化してしまうのでしょうか?原因を詳細に検討するために、マイクロアレイ(*6)による網羅的遺伝子発現解析とバイオインフォマティクス(*7)によるパスウェイ解析を行ったところ、IRF8遺伝子欠損マウスのMDPやcMoPの細胞内部ではC/EBPαという別の転写因子が異常に活性化していることがわかりました。
C/EBPαはヒトやマウスの顆粒球の分化・産生に必須の転写因子です。我々はこのC/EBPαの活性化の制御にIRF8が関係すると考えました。そこでIRF8とC/EBPαを細胞に発現させたところ、予想通りIRF8はC/EBPαによる転写活性化や好中球への分化誘導を強く抑制することがわかりました。さらにIRF8はMDPやcMoPにおいてC/EBPαに直接結合し、C/EBPαが好中球への分化に重要な標的遺伝子のDNAに結合するのを防ぐことがわかりました。最後にIRF8欠損マウスの前駆細胞にC/EBPαの機能を弱める変異型C/EBPを発現させたところ、IRF8欠損マウスに認められた好中球の異常産生が正常マウスのレベルまで戻ることがわかりました。すなわちIRF8はC/EBPαの機能抑制によって、単核貪食細胞前駆細胞が好中球にならないようにしていることがわかりました。

<図1.研究内容の概略>

今後の展開

今回研究グループはMDPやcMoPにおいて単一の転写因子IRF8が単球や樹状細胞の分化・産生を促進する一方で好中球分化を抑制する貪食細C/EBPα胞運命決定のメカニズムを解明しました。このことは細胞分化の基本的な仕組みを理解する上でも大切な知見であり、他の細胞種においても類似の仕組みが用いられている可能性があります。また慢性骨髄性白血病やある種の原発性免疫不全症ではIRF8の発現や機能の低下が起こり、樹状細胞の分化・産生が低下する一方で好中球が著増することが知られています。今回の発見はこれらの疾患の発症機序や病態の理解、そして新たな治療法を開発するためにも重要な知見であると考えられます。


用語解説
(*1)転写因子
ゲノム上のDNA配列を認識・結合して遺伝子の発現を制御するタンパク質。
(*2)単核貪食細胞
病原体が侵入すると感染部位に駆けつけ、それらを食べることで感染から身を守っている免疫細胞。病原体を記憶し撃退するT細胞やB細胞(獲得免疫細胞)に病原体の情報を伝えることで、さらに強い免疫を誘導するのに重要な役割があります。
(*3)好中球
病原体の排除に関わっており、感染部位に動員されます。貪食能は持ちますがT細胞やB細胞に情報を伝えるのは得意ではありません。
(*4)貪食
病原体や異物、死細胞などを能動的に細胞内に取り込むこと。
(*5)獲得免疫
T細胞やB細胞が関わる免疫応答で、T細胞受容体や抗体を駆使して病原体に対して特異的で強い免疫を誘導します。
(*6)マイクロアレイ
2万以上ある遺伝子の発現量を全て調べることができる技術です。遺伝子はメッセンジャーRNAが発現し(転写)、そこからタンパク質ができる(翻訳)ことで機能します。マイクロアレイではメッセンジャーRNAの量を調べることができます。
(7*)バイオインフォマティクス
応用数学、統計学、計算機科学などを応用して生物・医学の問題を解こうとする手法。

※ 本研究は、文部科学省科学研究費や横浜市立大学先端医科学研究センター研究開発プロジェクトなどの助成を受け、また文部科学省「イノベーションシステム整備事業 先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム」の一環として行なわれました。

※ 論文著者ならびにタイトルなど
Daisuke Kurotaki, Michio Yamamoto, Akira Nishiyama, Kazuhiro Uno, Tatsuma Ban, Motohide Ichino, Haruka Sasaki, Satoko Matsunaga, Masahiro Yoshinari, Akihide Ryo, Masatoshi Nakazawa, Keiko Ozato, and Tomohiko Tamura: "IRF8 inhibits C/EBPα activity to restrain mononuclear phagocyte progenitors from differentiating into neutrophils” Nature Communications. Sep 19, 2014, doi: 10.1038/ncomms5978.

(本資料の内容に関するお問い合わせ) 公立大学法人横浜市立大学大学院医学研究科免疫学教授田村 智彦

(取材対応窓口、資料請求など) 公立大学法人横浜市立大学先端医科学研究課長立石建

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