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シングルセル解析によって樹状細胞に分化する早期運命決定の仕組みを解明

2019.02.26
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シングルセル解析によって樹状細胞に分化する早期運命決定の仕組みを解明

~『Blood』オンライン版に掲載 (米国時間2月22日:日本時間2月23日) ~

横浜市立大学大学院医学研究科 免疫学 黒滝(くろたき) 大翼(だいすけ) 講師、川瀬(かわせ) 航(わたる) 大学院生や 田村(たむら) 智彦(ともひこ) 教授らの研究グループは、東京大学、米国国立衛生研究所と共同で、がん免疫や病原体に対する感染防御に重要な樹状細胞の新たな産生経路と分化制御の分子メカニズムを明らかにしました。
研究成果のポイント 

〇シングルセル解析(*1)などによって、分化早期の多能性造血前駆細胞(*2)の中で転写因子(*3)IRF8を発現する亜集団が優先的に樹状細胞(*4)に向かって分化することを発見した
〇このIRF8は樹状細胞関連遺伝子のエンハンサー(*5)をあらかじめ準備することで、樹状細胞方向への分化を早期に決定することが明らかになった

研究の背景

樹状細胞は、がん細胞や病原体に対する免疫反応を引き起こす際に決定的な役割を担う、“免疫の司令塔”とも呼ばれる細胞です。一方で、その異常な活性化は自己免疫疾患などの病気を引き起こすことも知られています。そのため樹状細胞が私たちの体内でどのように産生されるのかの理解は、様々な病気の治療法を考える上でとても重要です。

樹状細胞は骨髄に存在する造血幹細胞(*6)から中間的な前駆細胞を介して産生されます。成熟した樹状細胞がどのような経路で産生されるのかに関しては様々な説があります。例えば、「多段階分化モデル」では、多種類の細胞に分化する能力を持った多能性造血前駆細胞が徐々にその分化する方向を狭めながら進み、樹状細胞のみに分化する前駆細胞を経て樹状細胞が産生されると考えています(図1 左)。一方、最近の「早期運命決定モデル」では、造血幹細胞に近い多能性造血前駆細胞の一種であるLMPP(*7)の段階で既に、樹状細胞のみに分化する細胞が存在する可能性が示されています(図1 右)。しかし、そのような亜集団の生体内からの分離は成功しておらず、その分化運命決定の仕組も不明でした。

図1:造血分化モデル

(左) 多段階分化モデル:多分化能を持つ前駆細胞が徐々に分化の方向を決めながら成熟した各血球細胞になる。
(右) 早期運命決定モデル:各種血球細胞への運命は極めて早期の前駆細胞で既に決定されているとする。

研究の内容

本研究ではまず樹状細胞に運命決定されたLMPP の同定と分離に挑戦しました。マウスのLMPP をシングルセルRNA-seq(*1)による網羅的遺伝子発現解析などで詳細に解析したところ、LMPP には転写因子IRF8 を弱く発現する亜集団(約20%)があることがわかりました。なお私たちは以前、IRF8 が樹状細胞などの免疫細胞の産生に必須であることを示しています。そこでIRF8 タンパク質に印をつけた特殊なマウスを用いて、その亜集団を生体内から分離しました。

次に私たちは、分離したIRF8 陽性LMPP を別のマウスに投与して生体内でどのような免疫細胞になって行くのかを解析しました。LMPP 全体としては、樹状細胞を含むミエロイド系細胞やリンパ球系細胞を産生できることが知られています。興味深いことに、IRF8 陰性LMPP に比べてIRF8 陽性LMPPは樹状細胞を優先的に産生し、好中球や単球、リンパ球の産生能は低いことがわかりました。以上の結果は、LMPP の中に樹状細胞に偏った産生能を示す亜集団(IRF8 陽性LMPP)が存在することを示しています。さらに私たちはIRF8 陰性LMPP からIRF8 陽性LMPP が産生されることも発見しました(図2 左)。

それではIRF8 はどのようにしてLMPP を樹状細胞への分化に導くのでしょうか? 転写因子は遺伝子のエンハンサーに結合して発現を制御することが知られています。転写因子がエンハンサーに結合すると、その場所のクロマチン(*8)が“開き”、ヌクレオソームが無い状態(オープンクロマチン領域)になります。そこで私たちはオープンクロマチン領域を全ゲノムで調べるATAC-seq(*9)という技術を用いて、LMPP におけるエンハンサーの状態を解析しました。IRF8 陽性LMPP のオープンクロマチン領域には、やはりIRF8 の結合配列が多く存在していました。

次にこのIRF8 陽性LMPP に特徴的なオープンクロマチン領域の近くに存在する遺伝子はどのようなものかを解析しました。これらの遺伝子はIRF8 陽性LMPP の段階ではまだほとんど発現していません。しかしその多くは、その後の樹状細胞への分化過程で強く発現することになる遺伝子群であり、免疫応答を調節するものなどが含まれていました。

以上の結果から、IRF8 はLMPP において発現することで、樹状細胞に関連する遺伝子のエンハンサーを準備し、早期の運命決定をもたらすことが明らかになりました(図2 右)。

図2:IRF8陽性LMPPの発見とIRF8による早期運命決定制御

(左) IRF8陽性LMPPを介した樹状細胞(DC)産生経路のモデル:LMPPにはIRF8陰性LMPPとIRF8陽性LMPPが含まれており、IRF8陰性LMPPはIRF8陽性LMPPを産生する。IRF8陰性LMPPは全てのミエロイド細胞とリンパ球系細胞を産生するが、IRF8陽性LMPPは主にDCに分化する。
(右) IRF8によるDC早期運命決定モデル:(上段)IRF8陰性LMPPの段階ではIRF8は発現せずDC関連遺伝子も発現しない。(中段)IRF8陽性LMPPではIRF8によりDC関連遺伝子のエンハンサーが“オープン”になる。この段階ではDC関連遺伝子は発現しない。(下段)DCにコミットされた前駆細胞やDCでDC関連遺伝子が発現する。

今後の展開

今回の私たちの解析から、造血の早期段階で樹状細胞への運命決定が誘導される分子メカニズムが明らかになってきました。このような鍵となる少数の転写因子による運命決定制御は、他の細胞種でも起きていることが予想されます。早期の前駆細胞で様々な転写因子の発現や機能を調べることで、細胞分化の基本原理が理解できるかもしれません。また、私たちはIRF8 陽性LMPP がIRF8 陰性LMPPと比較して素早く樹状細胞に分化できることも明らかにしています。このことから、IRF8 陽性LMPPを介した樹状細胞産生経路は感染防御の際に重要な役割を果たす可能性が考えられます。今回の発見によって、将来的には樹状細胞の産生を人為的にコントロールできるようになり、様々な疾患の治療法に結びつくことを期待しています。

用語説明

*1  シングルセル解析:単一細胞ごとに全ゲノム規模の網羅的遺伝子発現を解析できる画期的なシングルセルRNA-seqなどを指す。均一と思われていた細胞集団が実は性質の異なる亜集団を含むことなどを明らかにできる。
*2  造血前駆細胞:骨髄に存在する細胞で成熟した血球細胞を産生する能力を持っている。
*3  転写因子:ゲノムDNA上の様々な領域に結合し遺伝子からRNAへの転写を制御するタンパク質。
*4  樹状細胞:T細胞に抗原提示して獲得免疫を誘導する極めて重要な免疫細胞。感染などの際にサイトカインと呼ばれる物質を産生し、生体防御に働くことも知られている。
*5  エンハンサー:遺伝子の転写開始点から離れた部位に存在し、転写因子が結合することで遺伝子の発現を正負に調節するゲノムDNA領域。
*6  造血幹細胞:骨髄に存在し全ての血球細胞に分化する能力と細胞分裂をしても枯渇しない自己複製能を有する組織幹細胞の一種。
*7  LMPP:リンパ球系多能性前駆細胞の略称。赤血球や血小板は産生できないが、ミエロイド細胞やリンパ球系細胞を産生できると考えられている。
*8  クロマチン:ゲノムDNAとヒストンなどのタンパク質による繊維状の複合体のこと。クロマチンの基本構成単位は、芯となるヒストン8個にDNAが2回転弱巻き付いたヌクレオソームである。
*9  ATAC-seq:ある酵素がオープンクロマチン領域に入りやすいことを利用して、網羅的にオープンクロマチン領域を同定できる技術。従来の方法と比較して少数の細胞で解析可能な点が特徴。

※本研究は、日本学術振興会、文部科学省、横浜総合医学振興財団の支援を受けて行われました。また、本学先端医科学研究センターが採択された文部科学省共同利用・共同研究拠点「マルチオミックスによる遺伝子発現制御の先端的医学共同研究拠点」の解析技術を活用しています。

掲載論文

Epigenetic control of early dendritic cell lineage specification by the transcription factor IRF8 in mice.
Daisuke Kurotaki,* Wataru Kawase,* Haruka Sasaki, Jun Nakabayashi, Akira Nishiyama, Herbert C Morse III, Keiko Ozato, Yutaka Suzuki, and Tomohiko Tamura (*Co-1st authors)
Blood. Feb 22, 2019, doi: https://doi.org/10.1182/blood-2018-06-857789 [Epub ahead of print]



お問合わせ先

 (本資料の内容に関するお問い合わせ)
公立大学法人横浜市立大学
学術院  医学群  免疫学  教授  田村 智彦
TEL: 045-787-2614
E-mail: tamurat@yokohama-cu.ac.jp


(取材対応窓口、資料請求など)
公立大学横浜市立大学
研究企画・産学連携推進課長  渡邊 誠
TEL:045-787-2510
E-Mail: kenkyupr@yokohama-cu.ac.jp 
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