データから新たな価値を創造し、研究力とウェルビーイングを高める 【後編】

横浜市立大学 J-PEAKS ワーキンググループ4 メンバー座談会

【Contents】
(前編)
・「よこはまデータサイクル」の中核として、「AI・データハブ」が目指すもの
・WG4の4つのタスクフォースとは?
・医療データ活用の方向性 —— DPCデータから何が見え、何につながるのか
・AIを活用することで描ける未来 —— 医療・研究はどう変わるのか
(後編)
医療データを活用できる人材育成 —— 次世代研究者に必要な力とは
行動データサイエンスが拓くウェルビーイングの未来
「AI・データハブ」が描く未来像とは?

後藤 前編では、医療データの活用可能性や、AIがもたらす医療・研究の未来について議論してきました。その未来を実現するためには、それを担う人材の育成が欠かせません。後編では、「医療データを活用できる人材育成」をテーマに議論を進めていきたいと思います。

医療データを活用できる人材育成 —— 次世代研究者に必要な力とは

後藤 3つ目のテーマは、「医療データを活用できる人材育成——次世代研究者に必要な力とは」です。「AI・データハブ」で人材育成や教育を重視する背景について、タスクフォース4「人を育てる」を担当する清水先生からお願いします。

清水 タスクフォース4のスローガンは「Make AI the YCU Standard」。AI活用を「学内標準」にすることが目標となります。研修の目的はスキル修得ではありません。AIを使って自分たちの仕事内容をどう変えていくか……という意識改革が本質で、その手段として各種レイヤーで研修を行っています。つまり、教職員一人ひとりが新しい技術を使って自分の業務を改めて整理し、次のフェーズに進んでいくことが求められている。その一助となるのがタスクフォース4のミッションだと思っています。
ひとりの業務を効率化するのは比較的簡単です。ただ、学内で仕事をするときは、いろいろな人と関わって進めていくのが一般的です。作業プロセス全体を効率化しないと、AIの導入はできません。ですから、学内の教職員が一つの目標に向かって進んでいくことが重要です。現状の業務に固執していると、メールの返信を自動で書くといった局所的なAI活用しかできません。本質は、業務全体を効率化することです。みんながここから変わっていかなければいけない、という意識を持つ。教員の研究力向上はもちろん重要ですが、職員を含めた大学全体が変わっていく必要があると思っています。

後藤 研究力だけにフォーカスしたAI活用だと、部分的な活用にとどまり、成果も十分に期待できないかもしれない。そうではなく、構造改革を行って、AIを活用できる組織へと変えていく。そこを目指すということですね。

清水 大学も競争社会です。教員だけで大学を運営しているわけではなく、職員と一緒に大学をつくっている。お互い協力しながら進めていくということだと思います。現在、学内でさまざまなAI活用に関する研修の募集をしていますが、教職員ともに、AI活用に対する関心はかなり高いと感じています。初心者向け研修に100人以上の参加者が集まることもあります。
これまでは、教職員がそれぞれバラバラに業務効率化をしていた。これが、研修を通じて、知見のネットワークをつくることで、「誰かに聞けばわかる」といった属人的なものではなく、全員が「ここを見ればわかる」という学内標準にしていくことができます。AIを活用して、作業工程から見直していく意識が教職員に芽生えれば、組織全体が変わると思います。
戸田 人材の底上げも重要ですが、ある程度のAIスキルを修得した人をさらにその上へどう引き上げるかも考えなければいけません。私はタスクフォース3「データを読み解く」で、AIを研究に活用する基盤を構築しています。ただ、AIを研究でどう活用するかは研究分野によってかなり異なり、現時点ではその違いもまだ十分に体系化されていません。一方で、さまざまな分野での活用事例を蓄積していけば、分野固有の使い方と、複数分野に共通するAI活用のパターンを整理できるのではないかと考えています。清水先生は、この点についてはどのようにお考えですか?

清水 タスクフォース4で進めている研修の一つが「個別支援」です。全員には難しいですが、すでにAIを使った研究に取り組んでいる教員が使い方に悩んでいたら、AIエンジニアが伴走して支援する。研究内容そのものを共有するのではなく、「どう使っているか」を対象者に発表してもらい、それを学内の知見として共有しています。
もう一つ、少し雑談に近い取り組みですが、Podcast形式で、アーリーアダプター(初期採用層)の教員や、あまりAIを使っていない職員など、いろいろな人に30分ほどお話を伺って、「こう使っている」「今こういう悩みがある」「自分の将来がどうなるのか」といったことを話してもらい、学内に共有しています。4〜5人分収録しましたが、聞くと「あの先生はこう使っているのか」とわかって面白い。皆さん、意外と活用方法が異なるのです。

後藤 「自分はこう使っている」と学内で情報共有できるコミュニティが自然にできあがっていくとすばらしいですね。

行動データサイエンスが開くウェルビーイングの未来

後藤 最後のテーマは、「行動データサイエンスが拓くウェルビーイングの未来」です。戸田先生に伺いたいのですが、データサイエンスの研究者から見て、医療データを扱うというのは特別なことなのでしょうか。

戸田 正直、私はこれまで医療とはほぼ無縁でした。医療の話になると、まず気負いがある。どう扱うべきものなのか、どこまでやっていいのか、その感覚がわからない。そこは大きな壁だと感じます。

後藤 一方で、そこにこそデータサイエンスと医療の融合という横浜市立大学の独自性がありそうです。
戸田 その通りです。データサイエンスと医療の連携は実はとても難しく、だからこそ強みになると思います。今回のJ-PEAKS事業は、横浜市立大学の資産である医学部の知見を強く反映したものです。そこに、データサイエンスやAIを扱う研究者が参画していくことは非常に重要です。私は、このプロジェクトは必ずしも医療が中心である必要はないと考えています。もちろん、大学の強みである医学部の知見を生かすことは前提です。そのうえで、相乗効果を生む研究領域を見つけて、巻き込んでいくべきなのです。
その一つが、私の専門にも近い、人流を含む人の行動に関わるデータです。横浜市立大学は、データサイエンス学部はもちろん、国際教養学部にもこの分野を扱う研究室があり、本学の強みの一つだと思います。DPCや電子カルテなど、多くの医療データは、主として医療機関の中で生じる情報だと思います。一方で、人が病院の外でどのように生活し、移動し、どのような環境の中で意思決定し行動しているのかも、健康やウェルビーイングと深く関係しています。行動データは単に「どこにいたか」「何をしたか」を示すだけではなく、環境や状況によって人の選択や行動がどう変わるのかを考える手掛かりにもなります。こうした行動データをもう一つの軸として医療データと組み合わせることで、新しい研究や価値を生み出せるのではないかと考えています。
さらに、医療や公衆衛生だけでなく、情報科学、心理学、観光や交通といった多様な研究者もそこに集まってくる。医療を中心としながら、多彩なドメインの研究が立ち上がり、それが本学の研究力向上とともに、市民や社会に還元される方向になるのが理想的だと考えています。

清水 医学研究は、その人自体を深掘りしていく性質のものです。遺伝子に関する研究から分子生物学的な研究、薬物動態、処方行動の分析、最終的には人の生活まで行き着くと思うのです。人の行き来、生育環境、どれだけ運動しているか、何を食べたか——周辺領域は広大です。ただ、その周辺領域をすべてカバーするのは困難です。そこに分断があり、乗り越えるのは研究者側からしてもハードルが高い。そこが融合して、一緒に研究できるようになると、新たな展開が期待できますね。

後藤 つまり、医療データと人流・行動データの融合を「AI・データハブ」で実現できると理想的ということですね。医療データだけで分析できることは限られていて、DPCデータも基本的には医療機関内の情報です。人の健康はそれ以外のところで決まっている部分も多いのに、そこはなかなか手が届かなかった。社会生活データをつなげる取り組みをしようとしても、人流・行動データとなると扱いの難度が高くてできなかった。タスクフォース1で検討している研究データのカタログにも、国際マネジメント研究科の有馬貴之先生の協力で空間情報のレイヤーを載せる構想があります。「AI・データハブ」が、まさに研究をつなぐ役割を担っていくことになるでしょう。

清水 人口減少社会の日本では、病院の統廃合も検討しなければいけません。そうすると患者さんの物理的な移動が伴う。元の病院がなくなったとき、患者さんが新たな病院に到達できるかまで考えて設計しなければいけないのに、現実的にはできていない。ただ患者数がその地域で減った・増えたから、ここを一つにまとめようという議論になっています。本当は、家から病院に到着するまでの行動情報を見て判断するべきですが、医療側の人はそうしたデータを持っていないのが実状です。

後藤 人流・行動データやデータサイエンスの知見が医療の研究に組み合わさることで、立てられるリサーチクエスチョンも変わってきますね。伏見先生は、どのような研究の広がりが出てくると思いますか?
 伏見 いろいろなことができそうな気がします。例えば、DPCデータには日付や患者の居住地域(郵便番号レベル)の情報が入っていて、それとさまざまな社会経済指標を組み合わせた分析は少しずつ行われるようになっています。また、人流・行動データも少しずつ使われ始めています。既存のデータに新たなデータを組み合わせ、そこにAIの力を借りることで、これまで人間の知識では着想できなかった新しいアイデアや分析の視点が生まれてくるかもしれません。

「AI・データハブ」が描く未来像とは?

後藤 最後に「AI・データハブ」が描く未来像について皆さんに伺います。本学のJ-PEAKSは2025年度に始動した5年間の事業で、構想から10年後の2035年を見据えて計画を立てました。およそ9年後、どんな未来が描けそうか、大きな視点でお聞かせください。例えば、2022年末にOpenAIがChatGPTを発表し、2023年にぐっと広がって、まだ4年ほどです。それでこれだけ世界が変わってしまった。残り9年でどのような未来が待っているでしょうか。
清水 人の価値観は意外とすぐ変わるのだ、というのがここ数年の実感です。研究の場面だけでなく、2020年ぐらいから2026年にかけて、私たちの考え方はすでに変わったと思います。コロナ禍のような大きな社会情勢の変化もあって、何をよしとするかという規範自体が変わってきている。まず、「人間がやることが一番いい」という価値観が変わったと感じます。おそらく、人間よりもAIのほうが信頼できると思う人が増えてくる。少し前は、ハルシネーション(事実でない内容をもっともらしく出力する現象)があるからAIは信じられないという受け止め方もありましたが、すでに私たちの知的水準を超えている部分もある。医療分野でも、一部の手技ではロボットが自律的に処置を進める研究が動物や模型で成功しています。長期的なスパンで考えると、何でも人間がやるという状況は、人手不足を鑑みても変わってくる可能性が大きい。これによって、私たちが今感じている社会課題——例えば、人口減少の影響を和らげられるとしたら、大きな希望だと思います。

伏見 これから研究の世界で活躍する人は、自分の社会的役割を再定義する必要があるでしょう。これから5年、10年で知的労働の形がだいぶ変わってくる。先ほども出た「人間の価値とは何か」という問いが、本当に重要になってきます。

後藤 研究者でも、10年、20年前は、汗をかいてきっちりデータをまとめ、分析した人が「よくやった、頑張った」と研究者として認められました。でも、それはもう研究者の仕事ではなくなってきて、むしろ「問い」を立てられる人が生き残っていく。そういう次世代の研究者を育てなければいけない。すると、新たな世界を見据えて、AIとともに生き抜く力を身に付けてもらう教育が重要だということに帰結しますね。データサイエンス教育に関わっておられる戸田先生は、いかがでしょう?

戸田 一つ気になるのは、AIが広く普及したときに、データサイエンス教育のあり方自体も変わっていくのではないかということです。分析や実装の一部をAIが担うようになれば、これまでと同じ内容を同じ形で教え続ける必要はないかもしれません。一方で、データが何を意味し、分析結果をどこまで信頼できるのかを判断する力は、むしろ重要になります。将来的には、データサイエンスの基礎は小学校や中学校など、より早い段階で学ぶものになるかもしれません。そのうえで大学では、データサイエンスだけを切り出すのではなく、経済学、工学、医学など、それぞれの専門分野の中で自然に学び、研究に使うようになる。データサイエンスがさまざまな学問を支える共通の方法論になっていく、そういう時代が来る可能性もあると思います。

後藤 とても重要な問いですね。しかし、AIと対峙するためにも、基本的な脳の形成をしておかないと、すべてAIに従う人間しか残らなくなってしまう気もします。それを、小学校ではなく大学のような高等教育で何をするのか。教育の形もまた変わる可能性がありますね。

清水 今回、いくつかの研修プログラムで参加者を募集したところ、学生から教職員まで多くの人が応募してくださいました。生成AIを活用することに強い興味・関心を持ち、それによって自分のできることを広げていきたいと非常にポジティブな気持ちで取り組んでいる。AIを使うことでいろいろな障壁が取り除かれ、できることが増え、夢を実現できるのではないか——そんな期待を持った人たちがここに集まっています。これはとてもポジティブな流れだと思います。横浜市立大学は、横浜市や神奈川県と協働し、地域に貢献することを強く志向する大学です。行政と関わって研究を進める教員も多く、研究と市民が離れているのではなく、密接につながっている。市民のデータも集まるようなプラットフォームを今まさにつくろうとしています。それが、日本中、そして世界中に発信できるモデルになればいいですね。

後藤 今、研修に参加してくださっている方々は、まさにご自身のウェルビーイングが向上しているのだと思います。そうした取り組みを学外の市民・県民へと少しずつ広げていくことで、社会全体のウェルビーイングが高まっていく——。2035年に「自分が住む街に横浜市立大学があってよかった」と市民の皆さんに思ってもらえるように、「AI・データハブ」構築の先の未来を構想していきたいと思います。