データから新たな価値を創造し、研究力とウェルビーイングを高める 【前編】

横浜市立大学 J-PEAKS ワーキンググループ4 メンバー座談会

(左から)戸田 浩之教授、清水 沙友里講師、伏見 清秀特任教授、後藤 温特命副学長

2025年1月、横浜市立大学は文部科学省「地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」に採択されました。「共創を加速する『よこはまデータサイクル』を構築し、未来社会における高いヘルスウェルビーイングを実現する」——これを10年後の大学ビジョンに掲げ、全学で11のワーキンググループ(WG)を立ち上げています。
その一つが、WG4「データドリブンによる地域課題の科学的エビデンス構築」。ここでは、「AI・データハブ」を構築し、学部横断で地域課題に挑むデータ駆動型研究と教育を推進する取り組みが行われています。今回は、その構想の実現に向けて設置された4つのタスクフォースを率いる4人のリーダーが集結。医学、疫学、臨床データ解析、データサイエンス……と専門も経歴も異なる彼らが、AIとデータが研究や教育、そして人々のウェルビーイングをどう変えていくのかを語り合いました。

【座談会参加者】
後藤 温特命副学長/大学院医学研究科長/医学部公衆衛生学教室 主任教授
WG4全体を統括し、タスクフォース1「研究者をつなぐ」のリーダー、タスクフォース2「データを集める」の共同リーダーを務める。専門は公衆衛生学・疫学。
◎伏見 清秀特任教授/タスクフォース2「データを集める」共同リーダー
専門は医療ビッグデータの解析。データを用いた臨床研究や医療政策への提言を行う。一般社団法人診断群分類研究支援機構の理事として、全国のDPCデータベースの構築を主導している。
清水 沙友里講師、WG4リーダー/タスクフォース4「人を育てる」リーダー/大学院データサイエンス研究科 ヘルスデータサイエンス専攻 講師
専門は臨床疫学。AIの学内推進を目的とした研修を企画し、研究促進と業務改善を支援している。タスクフォース2「データを集める」のサブリーダーも兼ねる。
戸田 浩之教授、WG4リーダー/タスクフォース3「データを読み解く」リーダー/大学院データサイエンス研究科 データサイエンス専攻 教授
専門は人の行動に関わるデータサイエンス。AI解析のための計算基盤を整え、分野横断の研究環境構築に尽力している。

【Contents】
(前編)
「よこはまデータサイクル」の中核として、「AI・データハブ」が目指すもの
WG4の4つのタスクフォースとは?
医療データ活用の方向性 —— DPCデータから何が見え、何につながるのか
AIを活用することで描ける未来 —— 医療・研究はどう変わるのか
(後編)
・医療データを活用できる人材育成 —— 次世代研究者に必要な力とは
・行動データサイエンスが拓くウェルビーイングの未来
・「AI・データハブ」が描く未来像とは?

「よこはまデータサイクル」の中核として、「AI・データハブ」が目指すもの

後藤 横浜市立大学がJ-PEAKSで取り組む研究力向上の中心には、「よこはまデータサイクル」というコンセプトがあります。これは、大都市・横浜が持つ医療・生活・行政などの多様なフィールドデータを本学がハブとなって活用し、新たな価値を創出する循環を意味します。AIやデータ分析を用いて、こうしたデータを多くの人が利用できる環境を構築し、研究開発から実装までのフェーズを回していく。その中核となるのが、私たちWG4で取り組む「AI・データハブ」の構築です。 
昨今、技術革新が進み、AIは急速に現場で使いやすくなってきました。しかし、研究現場や業務で安心して使えるAIとなると、まだ相当なカスタマイズが必要だというのが実感です。そこで、まず大学の研究や業務で使いやすいAI基盤を構築する。そのうえで、社会の要請に応えるかたちで必要なデータを選定・蓄積し、AIを用いたデータ活用を進めていく。そうすることで、データ解析とその結果の解釈、さらに仮説生成のプロセスまで支援できるのではないかと考えています。
ただ、AI基盤が整えば、すべての教職員がすぐに取り組めるかというとそれは難しい。AI活用には、基礎となるリテラシーの向上が欠かせません。国の調査では、日本の個人の生成AI利用経験は58.8%まで伸びた一方、企業で「組織的な取り組みがない」という回答が27.0%(米国は1.4%)に上り(出典:総務省「令和8年版情報通信白書」)、使ってはいるが組織として生かせていない状況が示されています。そこで学内でAIリテラシーを高める教育を充実させ、その教育プログラムを産学官民へと展開していく。こうした取り組みを通じて、本学だけでなくさまざまなプレーヤーとの連携を深め、研究を発信し、その成果を地域全体に還元することで、最終的にヘルスウェルビーイングを高めていく——それが「AI・データハブ」の全体構想です。 
戸田 この10年ほど、ビッグデータ、データサイエンス、AIといった言葉を日常のニュースでもよく聞くようになりました。それでも、データを十分に活用できていない状況があるのではないかという問題意識があります。良質なデータを適切に集めてもアクセスできる環境が十分でなかったり、個人情報の保護に配慮しながら安全に分析できる環境が整っていなかったりします。ビッグデータも質はさまざまで、各項目の意味や、どのような過程で測定・収集されたデータなのかをきちんと理解したうえで、適切に処理する必要があります。得られた結果の妥当性を見極め、現場で解釈・活用できるエビデンスへとつなげるためには、データサイエンスの専門的な知見も必要になります。
戸田 浩之教授
「AI・データハブ」の構築は、こうした課題を解決する糸口にもなるでしょう。臨床医のドメイン知識、データサイエンスや行動科学の専門知識などを組み合わせて、高性能な計算機(コンピュータ)と最新の生成AIを活用できる基盤をつくる。それによって、データはありながら活用できなかった研究テーマに挑み、エビデンスとして現場に届け、世界に向けて成果を発信できるようになると期待しています。

WG4の4つのタスクフォースとは?

後藤 構想を実現するために、WG4では4つのタスクフォースを設けています。
タスクフォース1は「研究者をつなぐ」。私がリーダーを務めています。日頃どんなデータを使って研究しているかは、近い研究者同士でも意外と知らず、学部や研究室を離れるとまったくわかりません。そこで基礎研究費の申請時にアンケートを行い、667名の研究者からデータの情報を集めました。これをカタログ化して、研究者同士のマッチングや共同研究の提案、学内外の連携につなげます。
タスクフォース2は「データを集める」で、私と伏見先生の共同リーダー体制、サブリーダーは清水先生です。本学の研究者が幅広いデータにアクセスできる環境を整えます。全国規模の診療データや県内6病院で構成するよこはま医療データハブのデータを、倫理審査の承認を得た研究者が所定の手続きを経て使えるようにし、扱えるデータの裾野を広げます。よこはま医療データハブは、2026年3月に本学附属病院、附属市民総合医療センター、藤沢市民病院、横須賀共済病院、済生会横浜市南部病院、横浜市立市民病院の6病院と連携協定を締結したもので、計3,705床、年間の入院患者は延べ約10万人の規模になります。神奈川県が持つレセプト・健診データについても、県などと協議を進めています。
タスクフォース3は「データを読み解く」。戸田先生がリーダーとなります。集めたデータを適切に分析し研究として発信するために、統計学やデータサイエンスの手法に加え、最新のAI技術を使える環境を整え、学内のAI活用研究を推進します。
タスクフォース4は「人を育てる」。こちらは清水先生がリーダーです。データとAI基盤を整えるだけでなく、使いこなせる人を育てる必要があります。教員・学生・職員のAIリテラシーを底上げする教育プログラムを学内のみならず学外にも展開していきます。
後藤 温特命副学長

医療データ活用の方向性 —— DPCデータから何が見え、何につながるのか

後藤 最初のテーマは、「医療データ活用の方向性」です。ここでキーワードになるのが、「DPCデータ」です。これは、急性期入院医療を診断群分類に基づいて1日あたり定額で支払う「DPC/PDPS」制度(2003年度導入)のもとで蓄積される、入院医療の詳細な記録です。診断名や処置、投薬、入院日数などが標準化された形式で集められています。DPCデータ活用の分野で、20年以上、研究に取り組んできた、タスクフォース2の共同リーダーである伏見先生から、タスクフォース2「データを集める」の概要をお話しいただきます。

伏見 DPCデータは、専門の研究班が全国およそ1,300病院と個別に契約を結んで毎年集めているデータです。過去10年ほどのデータが一つのデータベースにまとまっており、約8,000万件規模のビッグデータになっています。世界有数の臨床研究用ビッグデータといえます。
その特徴は、患者さんの臨床情報と非常に細かい診療行為のデータが組み合わさっている点です。どのような治療が行われ、どの薬剤が何日間使われたか——そうした個票データが大量に含まれています。この大規模データと臨床情報を組み合わせて、治療効果の評価や医療の質の評価といった臨床疫学研究が行われてきました。研究班からは年間数十本の英文原著論文が出されており、研究利用はかなり進んでいます。一方、医療制度や診療報酬の改定、地域医療構想への貢献など、医療政策の面でも活用されてきました。
伏見 清秀特任教授
後藤 それほど貴重なデータであれば、本来もっと多くの研究機関で活用されてもよさそうですね。

伏見 現在のDPCデータ活用の大きな課題は、臨床医が実際に抱えている課題を自分たちの疑問——リサーチクエスチョンとして立て、それをデータ分析としてまとめていく過程にあります。大規模なデータベースから必要なデータを抽出して分析するという、ある意味で特殊な作業が必要で、一般の臨床医にはハードルが高い。どう切り出せばいいか、そもそもDPCデータに何が入っていて何が入っていないのか、それをきちんと理解している人しか使えない、という限界があるのです。
ここでAIを活用できれば、リサーチクエスチョンとDPCデータベースの構造を組み合わせ、臨床研究に必要なデータセットを自動的に切り出したり、つくり出したりできるようになるのではないかと考えています。これまでも機械学習の活用などは試みてきましたが、臨床データは患者さんの情報ですので、原則としてローカルな環境での分析しか認められておらず、ましてやChatGPTのようなLLM(大規模言語モデル)にデータを投入することはできませんでした。要配慮個人情報である診療データは、汎用のクラウド上のLLMに投入できません。だからこそ、学内に専用の計算機を置き、データを外に出さずに生成AIを使える環境をつくることが要になります。そうした学内に閉じた環境で利用できるAI基盤が整えば、高度な分析・データ処理が進んでいくのではないかと期待しています。戸田先生がリーダーを務めるタスクフォース3では、すでに擬似的な医療情報を使って、カルテの記述から血圧や体重、症状といった項目を自動で構造化して取り出す試行も始めています。
もう一つ、DPCデータの弱点は、診療報酬データであるがゆえに、検査データやカルテの文書データが入っていないことです。臨床データとして一部が欠けていて、それが研究上の限界になっていました。今回のプロジェクトでは、横浜周辺の複数の病院と連携し、DPCデータと臨床テキストデータをかけ合わせた分析を進めていく予定です。これによってDPCデータの限界を超えた、より進んだ臨床疫学研究を広げていけるのではないかと考えています。

後藤 臨床医やデータサイエンティストなど、横浜市立大学のさまざまなステークホルダーが協働することで、より進んだ臨床研究を発展させていける環境が整いそうですね。清水先生も大学院生と一緒にDPCデータを活用した研究を数多く手がけています。これから研究室を超えて、学内の多分野の教員がDPCデータを使った研究をやりたいと言ってくるかもしれませんね。
清水 沙友里講師
清水 DPCデータのような、いわゆる「リアルワールドデータ」の分析に資する研究目的を持つことは非常に重要だと思います。RCT(ランダム化比較試験)などの介入研究で求められるのは、その介入によって利益が不利益を上回るかを確認することですが、実際の現場で使われているデータは用途が異なります。介入試験では追いきれない長期の追跡調査、医療政策・医療制度の評価といった問いに向いています。こうした新しい視点で研究に取り組む研究者が増えればと思います。教育という意味でも医学部をはじめとする多分野の教員に、こうしたデータを分析するときに何を知っておくべきかをお伝えできればと思っています。あわせて、患者さんのデータを扱う以上、手続きをきちんと整えることが土台になります。本学では大学が一括して倫理審査を行い、侵襲も介入も伴わない観察研究として、オプトアウトによる同意取得の仕組みで運用します。法律の専門家による全学向けの研修も実施し、研究者が安心してデータを使える枠組みを整えているところです。

後藤 これまで「リアルワールドデータ」「リアルワールドエビデンス」は、ときにRCTの代替として語られる側面もありました。清水先生のお話は、RCTでは答えられない疑問に、実際のリアルワールドデータで答えていくという視点ですね。研究者の皆さんにそれを伝え、AIも活用しながらDPCデータを読み解いていけば、RCTが答えられない問いに答え、社会に還元できるデータを取得できる。それが最終的にヘルスウェルビーイングの向上につながっていく——そんな未来が少し見えてきたように思います。

AIを活用することで描ける未来 —— 医療・研究はどう変わるのか

後藤 2つ目のテーマは、「AIを活用することで描ける未来——医療・研究はどのように変わるのか」です。まず、タスクフォース3「データを読み解く」のリーダーである戸田先生に伺います。AIで研究はどう変わると思いますか?

戸田 昨今のAIの進展にともなって、AIや機械学習を研究に活用する技術的なハードルは大きく下がってきました。これまでは、こうした高度な技術を研究に取り入れるには一定の専門性が必要で、活用できる研究者も限られていました。それが今後は、より急速に、さまざまな分野に入っていくのではないかと思います。
ただ、AIを活用することがより当たり前になれば、活用しない研究者との差が開いていく——そんな未来も予測されます。大学の研究力という点を考えれば、そうならないよう、できるかぎり多くの人が今後もAIを活用して研究できる方向へ——その道筋をつくっていくことが重要になります。
後藤 これまで一部の技術力に長けた研究者でなければ取り組めなかったデータの分析・加工・ハンドリングのようなことも、生成AIが身近になることで、簡単にアクセスできるようになりました。技術的なハードルが下がったことで、対象にできる研究がかなり広がったと感じます。清水先生はいかがですか?

清水 これからは、「やりたいこと」がある研究者が強いと思います。必要なのは「やりたいこと」を磨いていくこと。技術側の課題がかなり解決可能になってきているので、自分が実現したいことをたくさん持っている人が、研究者として一層輝ける未来が広がっていくでしょう。逆に、単純作業を繰り返すだけならAIに代替されてしまいます。研究者として長期的に活躍するには、自分なりの未来像を描く力が求められます。また、今後は研究チームの構成も変わっていくと思います。これまで若手が担っていた単純作業の部分を、AIが代替してくれるようになるのは間違いありません。

後藤 研究の進め方自体も変わっていきそうですね。伏見先生はその点について、いかがですか?

伏見 清水先生が「作業の部分をAIが肩代わりする」とおっしゃいましたが、特に大規模データを用いた分析研究では、事前の「作業」がかなりのボリュームを占めています。データを切り出し、調整し、クリーニングする——この作業をいかにこなすかが研究成果を上げる重要なステップなのですが、そこが大きく変わる可能性がある。優れたリサーチクエスチョンを持ちながらデータ分析につなげられなかった研究者が、これからはさまざまな研究テーマにリーチできます。高い問題意識を持つ人が、より活躍できる世界が広がっていくと思います。

後藤 私自身、研究者としてトレーニングを受けていた頃は、「研究の9割以上はデータ加工だ」と教わりました。データを取得してからクリーニングし、分析用のデータセットをつくるプロセスが雑になれば、扱うデータの信頼性が損なわれ、結果が真逆になることさえある。だから丁寧に時間をかけるよう叩き込まれました。今は、社会に対する「問い」さえ持っていれば、データ加工はAIがしっかりやってくれる。リサーチクエスチョンを立て、結果を解釈し、社会に届ける——。そこを担えれば研究を発信できる時代になってきているということですね。
清水 本学が「AI・データハブ」を持つ意義は、おそらくそこにあります。つまり、新たな研究を進めるポテンシャルがある人材が豊富にいる。「問い」を立てられる人材がより広い世界で活躍するためにも「AI・データハブ」のような構想を大学が推進する必要があると思います。

後藤 一方で、AIが入ることで研究の形が変わり、扱えるリサーチクエスチョンも変わってくるという話も出ています。戸田先生はどうお考えですか?

戸田 AIでできることが増えているのはその通りです。今は「作業を任せられる」ところに注目が集まっていますが、AIはすでに、単なる作業だけでなく研究者の思考を支援するところにも入り始めています。例えば、先行研究を探索し、そこから仮説やリサーチクエスチョンの候補を提示するといった役割は、今後さらに大きくなるでしょう。将来的には、リサーチクエスチョンを考えるプロセスそのものにAIが深く関わる可能性もあります。そのとき、人間の研究者は何を研究する価値があると判断し、何を担うべきなのか。これは今後考えていく必要がありますね。

後藤
 重要なポイントですね。ただ、少なくとも私の経験では、生成AIがつくるリサーチクエスチョンはどこか機械的で、「ここはまだやられていないからどうですか?」といった着せ替え人形のような提案にとどまっています。重要なのは、自分たちが本当に面白いと思えるか。ワクワクして、時間を使ってでも取り組みたいと思える研究、目指したい社会にとって意義のある研究は、現時点ではまだ人にしか立てられないのではないか——そう楽観的に思っています。

戸田 ただ、これだけ多くの人が日々、生成AIと対話するようになると、人とAIとのインタラクション(相互のやり取り)についての知見も蓄積され、人の嗜好や反応、価値観を捉える技術も進んでいくでしょう。そうなれば、人が何に関心を持ち、何に価値を感じるのかといったことをAIがより細かく捉え、新しい方向性を提案したり、その一歩手前として非常に議論しがいのある相手になったりする可能性があります。そうした形でAIが研究者の思考を支える役割は、近い将来さらに大きくなるのではないかと思います。
 後藤 ここまでAIやデータの活用によって広がる可能性についてお話しいただきましたが、その未来を実現するためには、それらを使いこなせる人材の存在が欠かせません。後編では、「医療データを活用できる人材育成」をテーマに、皆さんと考えていきたいと思います。