臓器移植に代わる「最後の砦(とりで)」
その実現のために研究に取り組んでいます
医学群 臓器再生医学 准教授
武部貴則
たけべ・たかのり

研究の二本柱、「再生医学」と「広告医学」
理想を追い求めてたどり着いた、「再生医学」への道

武部貴則たけべ・たかのり
医学群 臓器再生医学 准教授
私が医学の道を志したきっかけは、小学生の時に父が脳卒中で倒れたことでした。父は大変危険な状態に陥りましたが、奇跡的に生還し、後に社会復帰できるまでに回復しました。このことは強く印象に残っていて、自分も「人の命を助ける仕事がしたい」という思いが芽生えたのを覚えています。
そして、YCUに進学し医学を学び始めた私を待っていたのは、想像していた以上に医師にできることが限られているという現実でした。医師が行う治療の多くは、病気の原因を取り除くというより、症状を抑えることに軸足が置かれており、完治しない病気や原因不明の病気も数多くあることに気付かされました。そんな時、病気を根本から治せる可能性を持つ「臓器移植」に出会いました。
臓器移植は、機能が落ちた臓器を正常なものにすべて移し替えるので、病気の原因を根本から取り除くことができる治療法といえます。医師として最も大きな喜びを得られるはずだと思った私は、臓器移植専門の医師を目指しましたが、日本では臓器移植を待つ患者の数に対するドナーの大幅な不足という現実から、ごく限られた人の命しか救うことができないことが分かりました。
臓器移植の研修のために訪れたアメリカの大学の附属病院では、重篤な患者さんは臓器移植のリストから外され、助かる可能性が高い患者さんの中でも、急を要する人を優先して移植手術を行うという現実を目の当たりにしました。また、他人の死を待たなければ成立しない医療にも矛盾を感じました。そこで、臓器移植に代わる「最後の砦(とりで)」の医療として再生医学に着目し、研究者の道に進むことにしたのです。
医学の新たな学問領域として、「広告医学」を定着させたい

私は、「再生医学」の研究を進める一方、「広告医学」という新しい学問領域を普及させることにも注力しています。広告医学とは、私が大学生の頃に思い浮かび、以来研究を続けてきた概念で、デザインやコピーライティングなどの広告的視点を医療現場におけるコミュニケーションに取り入れることで、人々の健康行動の自然な動機づけにつなげようというものです。
私たち医療に従事する者が疾病のリスクを説明する時、伝えたいことが思うように伝わらないケースがあります。例えば健康診断で、生活習慣病[keyword1]の危険性が高い方に食生活の見直しや運動の必要性を説明しても、難しい専門用語で説明してしまったり、直接的な症状が出ていない場合には、その必要性を十分に伝えられないことがあります。こんな時に役立つのが、広告でよく見られる直観的な表現や、楽しさを感じさせて訴える方法です。特に近年は、メタボリックシンドロームが問題視されており、重篤な疾患を未然に防ぐためには、生活習慣(食生活・運動)の改善が求められています。しかし、自発的に行動を起こせる人は少なく、また行動を起こしても長続きしないことが多いのが現状です。

そこで考えたのが、広告的手法を用いて自然な健康行動を誘発するプロジェクトです。 この「広告医学」の概念を具現化した一つの例としては、YCUの二つのキャンパスの最寄駅、シーサイドライン金沢八景駅と市大医学部駅に「上りたくなる階段(健康階段)」を横浜市と連携して試験的に設置しました。上りのエスカレーターと階段がある場合、エスカレーターを使う方がほとんどですが、階段にユニークなデザインを施すことで楽しみながら階段を上る健康行動を誘発し、日頃の運動不足の解消につなげるのが狙いで、「自然に健康づくりが促進されるまちづくり」に向けた実験的な取り組みです。これは、階段をピアノの鍵盤に見立て、階段を上ると音を奏でる仕掛けをした結果、「7割近くの人が階段を使うようになった」というヨーロッパの自動車メーカーのディスプレイ広告をヒントにしたものです。
広告医学の目的は、このようなデザインの考え方を応用することにより、人々のモチベーションに働きかけて自然に行動を変え、病気になる人の数を減らすことにあります。再生医学における最先端の研究と同時に、このような研究も必要だと考えたのです。今後、広告医学のような概念は大きな役目を担う新たな学問領域として定着すると考えています。
Keyword 1生活習慣病
偏った食生活や運動不足、喫煙、飲酒などの生活習慣が発症・進行に関与する疾患群のこと。代表的なものでは、高血圧、脂質異常症、糖尿病、肥満、脳卒中、心臓病などがあり、それぞれが重複した場合は命に関わる病気を招くこともある。
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