患者さんのために科学的根拠のある
看護ケアの研究を深めたい
この思いは世界へと続きます
医学群 看護生命科学 教授
赤瀬智子
あかせ・ともこ

患者さんの抱える問題を研究テーマに
肥満と皮膚トラブルの関係性を探る

私は現在も週に一度内科外来で看護師として調査研究をしているのですが、そこで接する糖尿病や肥満の患者さんの悩みや困っていることを聞くと、皮膚のトラブルに関することがたくさん出てきます。そこで、さまざまな文献を調べてみたところ、肥満の方は統計学的に乾癬(かんせん)やアトピー性皮膚炎を併発していることが多いことが分かり、肥満と皮膚トラブルには何らかの関係性があると考えました。ところがさらに調べてみると、肥満と皮膚の関係における病態メカニズム研究は、ほとんどなかったのです。
そこで私は、動物実験をして調べてみることにしました。そこから分かったことは、肥満の皮膚は、たとえ表面に何も症状が出ていなくても、その内側を解析すると、炎症が起こり、老化が進んでコラーゲンが減少している状態でした。通常、皮膚の内側にはコラーゲンとコラーゲンの線維を支えるエラスチンという線維があり、この線維で弾力性が保たれていますが、肥満の場合はコラーゲンが減少しエラスチン線維が断裂し、その隙間に皮下脂肪が入り込んでおり、皮膚の強度がなくなっていることが分かったのです。
それは、皮膚の強度を測る精密な測定器を専門家に製作してもらい、普通の皮膚と肥満の皮膚をそれぞれ限界まで引っ張るとどうなるかを測定してみて分かりました。普通の皮膚は、ある程度伸ばしても皮膚の形状が保たれ、それ以上伸ばすと「パチン」という音と共に切れました。一方、肥満の皮膚は、伸ばしていくとすぐに「プチプチ」と亀裂が入り変形し、さらに伸ばすと、皮膚がまるでお餅のように伸びながら切れてしまうことが分かりました。
メカニズムを解明し、患者さんのためにできることを考える

研究の結果、肥満が進むと皮膚の内側のコラーゲンが少なくなることが分かってきました。そこで次の目標はコラーゲンが減少することを防ぐことで、そのためにはまず、コラーゲンが少なくなる原因を知らなければなりません。実験してみると、老化の原因としても知られる酸化ストレス[keyword1]との関係性が分かりきました。
酸化ストレスとは、些細なことでも起こる現象で、ストレスや運動不足時など身近なことで体に起こります。肥満が引き起こす心臓や腎臓への障害のメカニズムに、この酸化ストレスが影響を及ぼしていることが分かっていますが、皮膚においても同じメカニズムでトラブルが引き起こされていることが私たちの研究で分かりました。具体的な治療は医師の領域になりますが、看護師は予防の観点からできることがあります。
例えば、身長に対する体重の割合を示すBMI[Body Mass Index:体重kg÷(身長m)×2]という体格指数があり、25以上だと過体重と判断されます。よって、BMI指数が25を超える患者さんに対して皮膚のチェックを勧めることができます。また、皮膚科などでアレルギーがあるかを調べるためによくパッチテストが使われますが、皮膚の中の酸化ストレスサインを調べられるようなものがあれば、そのレベルによって保湿や紫外線防止などについて、ケアやアドバイスができるようになるはずです。そこで私は現在、皮膚を検査するキットの開発にも取り組んでいます。
このように、動物実験や分子細胞レベルで行う、いわゆる基礎研究と、臨床現場での応用を含めた臨床研究との橋渡しをする研究を「トランスレーショナルリサーチ」といいます。これが、私たちの研究の大きな特徴で、常に臨床の現場で接する患者さんの声に“看護師の立場で”耳を傾けることを大切にしています。
Keyword 1酸化ストレス
体内で活性酸素が過剰に発生し、体がサビついた状態になること。活性酸素とは、多くの物質と反応しやすい性質を持っていて、細胞を傷つけることで、老化、がん、動脈硬化など多くの疾患をもたらす重要な原因とされている。活性酸素には外敵から体内を守る役割もあり、細胞内での情報伝達や代謝の調節、免疫など、重要な生理的機能を有している。
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