vol.9 人間の社会性や道徳性がどのように発達するか、実証的に検討しています 国際総合科学群 発達心理学 教授 長谷川 真里(はせがわ・まり) vol.9 人間の社会性や道徳性がどのように発達するか、実証的に検討しています 国際総合科学群 発達心理学 教授 長谷川 真里(はせがわ・まり)

人間の生涯にわたる変化のプロセスを探る

子どもが生物と無生物を区別できるのか、実験で調べる

長谷川 真里(はせがわ・まり)
国際総合科学群 発達心理学 教授
  • (学部)国際総合科学部 国際教養学系 人間科学コース
  • (大学院)都市社会文化研究科 都市社会文化専攻
発達心理学の視点から、人間の社会性や道徳性の発達、法教育の授業実践などを研究している。横浜市の不登校対策のアドバイザーとしても活動。

 人間は生涯にわたって変化します。変化は、一斉に起こり、一斉に衰えるというものではなく、身体、認知、社会性などの様々な側面において、非同時的に起こります。またこのような変化は、生物としてのヒト、心理過程、文化や社会という、生物、心理、社会の要因の相互作用によって起こると考えられます。発達心理学は実証科学、つまり、客観的なエビデンス(証拠)に基づいて議論する学問です。では、そのエビデンスはどのように集めるのでしょうか?
 発達心理学の研究例をひとつご紹介しましょう。幼児は「お人形が痛い痛いと言っている」というように、無生物をまるで生きているように扱うことがあります。では、幼児は生物と無生物を区別しているのでしょうか?「生き物って何ですか?」「命って何かな?」と質問しても、幼児は大人と同じようには答えません。生物と無生物の違いの一つに「成長」があります。そこで、動物や植物の絵を見せながら「このヒヨコは1週間したらどうなりますか?」「もっと後にはどうなりますか?」と尋ねるのです。植物やコップについても、同様の質問をします。
 すると、幼児でも「ヒヨコはニワトリになる」「植物は大きくなる」「コップは大きくならない」と答えます。つまり、成長という観点では、幼児も生き物と無生物の区別ができるのです。実験方法を工夫することによって人間の持つ概念や思考を明らかにすることができること、これは心理学研究の魅力のひとつだと思います。
 発達心理学の研究において、私が特に興味を持っているのは、社会性や道徳性の発達です。そのために、権利や寛容という、道徳的概念の理解の発達について実証的に検討しています。また、子どもの社会性や道徳性の育成のための教育的な働きかけについても考察しています。

園児たちにまとまりをもたらした、先生の何気ない行動とは

 発達心理学研究の主な手法は、実験、調査、観察です。実験とは、人の行動や心理が何によって影響されるのかを調べること、つまり、因果関係を明らかにするものです。調査は、対象者の自然な状態を調べるものであり、心理学では主に質問紙、いわゆるアンケートを使用します。観察は、現象を注意深く観察し、現象の背景要因を探るものです。現場に入って対象を直接観察することもありますし、ビデオに録画して分析することもあります。
 ある幼稚園のクラスを3年間継続して観察したことがありました。園児たちの成長過程をずっと見ていると、いろいろと興味深いことが見つかりました。例えば、入園したての頃だと、「お集まり」と呼ばれる時間になっても、座らないで騒いで先生の話を全然聞きません。それが1年も経つと、じっと座って先生の話を聞き、順番に発言するまでになります。
 上手にまとまらないクラスもあるので、園児たちが自然に成長したというわけではなさそうです。そこで、まとまっていたクラスとそうでないクラスでの先生の働きかけを詳しく分析すると、「お集まり」の時間になると先生が不自然に立ったり座ったりしていることに気付きました。さらにその前後の状況や変化を調べると、子どもたちが騒ぎそうな時にパッと立って、場の雰囲気を変えたらまた座っていました。そうすると子どもたちが無駄話をやめるなどの効果があることがわかりました。
 先生の行動は、一瞬だけ気持ちをそちらに集中させ、そして、しゃべってはいけないというメタ・メッセージ(あるメッセージがもっている本来の意味を超えて、別の見方・立場からの意味を与えるメッセージ)を伝える効果があるのでしょう。でも、先生はそれをほとんど意識せずにやっておられたので、経験で身に付いた何気ない行動なのかもしれません。
 心理学の理論で説明できることがらは、日常の様々な行動の中にたくさんあります。コマーシャルや説得の技法などにも心理学の理論が応用されています。日常のちょっとした「なぜだろう?」という疑問から、心理学に興味を持ってくれる人が増えるとうれしいですね。