vol.9 人間の社会性や道徳性がどのように発達するか、実証的に検討しています 国際総合科学群 発達心理学 教授 長谷川 真里(はせがわ・まり) vol.9 人間の社会性や道徳性がどのように発達するか、実証的に検討しています 国際総合科学群 発達心理学 教授 長谷川 真里(はせがわ・まり)

道徳やルールの理解は、どのように発達する?

「仲間はずれ」の研究が示す「寛容」の発達

 私の専門は「社会的認知」という領域です。社会的認知には大きく2種類あります。1つは、他者の心や感情をどう理解するかなどの、対個人的な領域です。もう1つは、個別具体的な他者を超えた社会そのものについての理解や、権利や集団決定などの社会正義の問題を扱うものです。
 最近行った、「仲間はずれ」の研究をご紹介しましょう。もちろん仲間はずれはいけないことを学校でも教わりますが、実際には小学校高学年から中学生にかけて、いじめが発生しやすいとされています。そこで、どのような条件の時に仲間はずれが起こり、正当化されるのについて、小学生、中学生、大学生を対象に実験を行いました。
 実験では、学校の友達グループに変わったファッションの子や暴力的な子がいるという架空の場面を提示して、「その子を仲間はずれにしてみんなで遊んでいいのか」などの質問をしました。いくつかの条件を提示することで、異質な他者をどこまで自分たちの集団に受け入れるかという「寛容」の規定要因の発達を調べようとしたのです。
 答えの傾向として、小学生は「仲間はずれはダメで、その子も奇抜な服装や暴力をやめて変われば良い」と言います。中学生は「その子は変わらなくても良いけど、仲間には入れなくても良い」という判断になります。もっと成長すると「仲間に受け入れるし、変わらなくても良い」というように変化が見られます。このような変化は、年齢とともに変化する仲間関係の質的な違いに影響されているのかもしれません。
 人間は不寛容な状態からから寛容な状態へと一次元的に変化するものではなく、どの発達段階の子どもも、その時々の状況に応じて柔軟に判断しています。つまり発達とは多元的なものであるというのが、私の考えです。

みんなで決めていいことと、いけないことの判断基準

 昔から私は、人間を一見縛っているような、それでいて誰にとっても必要な、社会のルールや道徳というフシギなものに興味を持っていました。小さな子どもでも善悪や不公平なことには敏感ですし、どんな社会にも道徳やルールがあります。むしろ、道徳やルールがあるからこそ、人間社会が成り立っているとも言えます。人間を理解する上で根源的なテーマなのではないでしょうか?
 現在、現場の先生や弁護士などの方々との共同プロジェクトを発足し、小学生を対象にした法教育の授業を実践しています。例えば、個人の権利を子どもに理解してもらうために、クラスの決まりについて「みんなで決めていいことと、いけないこと」を考えてもらいます。学級文集のタイトルだったら「決めていいこと」、遠足に持ってくるお弁当の中身なら個人のことなので「決めてはいけないこと」に大体は分かれます。
 では、「絶対に歯磨きをしましょう」という決まりはどうでしょうか?歯磨き自体は良いことだけど、個人に強制するのが正しいのかどうか迷ってしまいます。実は大学生でも歯磨きの強制は良いことだと判断する人が多いのですね。ここで重要なのは、結論ではなく、どういう判断材料を使って、どんなプロセスで結論に至ったかということです。児童に深く考えてもらう授業にすることで、どのような効果が挙げられるかを検証しています。
 何が公正なのかについての判断も、発達によって変化していくものです。何かを分配する時に、人数で均等に割るべきか、個人差を考慮すべきかというのは、配分的正義[Keyword 1]の問題であり、大人になっても難しいですね。たとえば、子どもにとってなじみのある例として、運動会のリレーに誰を出場させるかを決める時に、足の速い子にするのか、よく練習している子にするのか、他の競技に出ていない子にするのか、というような場面があるでしょう。このような身近な例を用いると、小学生でも理解しやすいと思います。
 正義や人権などの考え方は、重要なことにもかかわらず、日常的に考える機会の少ない問題です。小学生だけではなく、私は大学の「発達心理学」の授業でも、個人の権利の問題でしたら輸血拒否の事例や、配分的正義でしたら「プロ野球選手の年俸は高すぎるか?」などのテーマで討論させることがありますが、白熱しますよ!

[Keyword 1]配分的正義
グループのメンバーに、何かを配分するときの公正さに関わるもの。配分されるものは、評価や給料のような利益もあれば、税金や雑用のような負担もある。心理学では、公正であるかどうかの判断の仕組みは、個人(あるいは集団)がその資格や権利にふさわしい扱いを受けているかどうかであると想定する。配分的正義に関しては、衡平、平等、必要性の3種類の基準があるとされる。なお、配分的正義以外に、手続的正義、矯正的正義の研究も進められている。