vol.4 脳や神経の難病に、臨床研究と基礎研究の両輪で立ち向かう 医学群 神経内科学・脳卒中医学 教授 田中 章景(たなか・ふみあき) vol.4 脳や神経の難病に、臨床研究と基礎研究の両輪で立ち向かう。 医学群 神経内科学・脳卒中医学 教授 田中 章景(たなか・ふみあき)

難病を治すための研究は、これからが正念場

神経細胞が死滅するメカニズムの解明を目指しています

田中 章景(たなか・ふみあき)
医学群 神経内科学・脳卒中医学 教授
  • (学部)医学部医学科
  • (大学院)医学研究科
  • (附属病院)神経内科・脳卒中科
脳や脊髄の神経細胞が死滅する神経変性疾患に対し、分子生物学・ゲノム医学の手法を用いて、病態解明や治療法開発に向けた研究を行っている。また、脳画像などを用いた神経疾患の臨床研究にも力を注いでいる。

 「SCD」や「ALS」という病気をご存知でしょうか?脊髄小脳変性症(SCD)[Keyword 1]は、主に小脳の神経細胞がだんだんと死んでいくことで運動失調をきたす病気です。この病気の患者さんの手記『1リットルの涙』は、映画やテレビドラマにもなりました。
  筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、筋肉を動かす際に重要な神経細胞が死んでいくことによって、手足が徐々に動かなくなります。進行が速く、患者さんの多くが自力で呼吸ができなくなるという深刻な病気です。
 もう1つ、パーキンソン病は、神経伝達物質のドーパミンを作る中脳の神経細胞が減ることで、動作が緩慢になったり手が震えたりする症状が起きます。
 これらの神経変性疾患は、厚生労働省が特定疾患に指定している、いわゆる難病と呼ばれる病気です。例えばパーキンソン病では、ドーパミンの機能を補ったりする様々な薬や、症状を和らげる療法はあるのですが、これらは神経細胞が死滅するのを食い止める根本的な治療ではありません。完全に治す方法は、今のところ見つかっていないのが現状です。
 しかし、これらの難病は決して不治の病ではないと、私は考えています。これらの病気には遺伝するタイプのものがあり、その原因となる遺伝子が次々と発見されてきています。なぜ神経細胞が死滅するのかというメカニズムを解明して、病気を完全に治すための研究を、私たち神経内科の医師や研究者は日々続けているのです。

[Keyword 1]脊髄小脳変性症(SCD)
小脳および脳幹、脊髄が徐々に萎縮していく疾患。歩行が不安定になったり、ろれつが回らず話しにくくなったりするなど、運動失調がゆっくりと進行していく。遺伝性のものと非遺伝性のものがあり、30種類以上の様々なタイプに分類される。

脳の謎を解き明かす時代がやって来た

 21世紀は「脳の世紀」と言われています。2013年、アメリカのオバマ大統領が脳の「地図」を作成する計画を発表し、EUでも脳のモデルを構築する国際プロジェクトが始まりました。人類が脳の謎に本気で挑む時代がやって来たのです。
 以前は、脳に関しては未知なことがあまりにも多すぎて、どこから手を付けて良いのか専門家にもわからない状況が続いていました。しかし、ちょうど私が研究を始めた1990年代頃から、状況が一変しました。細胞やDNAレベルでの研究が進み、各種の神経変性疾患において原因となる遺伝子が次々と同定されるようになりました。脳を侵す病気のメカニズムを探る手がかりが見つかり始めたのです。
 私は、これからの社会において、脳の機能と脳の病気を解明することは特に重要な課題だと思っています。神経変性疾患で最も有名なアルツハイマー病は認知症の代表的疾患で、大脳の神経細胞が減って記憶障害などを引き起こす病気ですが、高齢化社会を迎えた今、アルツハイマー病の患者さんの数は急激に増えています。
 研究が進んで、アルツハイマー病の進行を確実に1年遅らせることができる薬が開発されたと仮定しましょう。個々の患者さんにとっては、1年の気休めにしか過ぎないかも知れません。でも、社会全体を通して見ると、まだ働くことのできる人が増えて、家族の介護をしている人も外に出られるわけですから、莫大な経済効果を生むことにつながるのです。もちろん、アルツハイマー病については、1年と言わず、発症前の段階から完全に発症をブロックする治療法の開発が最重要です。