vol.6 中国というフィールドからグローバルな問題を考えていきます
 国際総合科学群 アジア地域論 教授 小野寺 淳(おのでら・じゅん) vol.6 中国というフィールドからグローバルな問題を考えていきます
 国際総合科学群 アジア地域論 教授 小野寺 淳(おのでら・じゅん)

フィールドワークは地理学の重要な研究手法

経済地理学・都市地理学の観点から中国を研究

小野寺 淳(おのでら・じゅん)
国際総合科学群 アジア地域論 教授
  • (学部)国際総合科学部 国際都市学系 グローバル協力コース
  • (大学院)都市社会文化研究科
経済地理学・都市地理学および中国研究を専攻。アジアにおける都市形成や農村変容のメカニズム、地域開発をめぐる思想などのテーマを研究している。

 私が専門としているのは、地理学の中でも人文地理学、さらには経済地理学や都市地理学と呼ばれる分野です。そしてアジア、特に中国の地域研究に取り組んでいます。
 研究の内容は、経済発展にともなう地域の変容や開発と環境の関係性など、多岐にわたります。例えば「経済成長が著しい大都市の内部ではどのような人々がどのようなコミュニティをつくっているのか」「内陸部の農村から沿海部の都市へ流入する出稼ぎ労働者はどのような労働に従事しどのような生活をしているのか」「それぞれの民族はどのように生業を維持しどのように市場経済に対応しているのか」といった疑問が研究テーマとなります。地域の様々な問題を議論できることが地理学の大きな魅力です。
 印象深いフィールドの話をしますと、約十年前に共同研究で、中国の山間部に位置する涼山イ族自治州[Keyword 1]に二十日間ほど滞在しました。私はそこで、少数民族の人たちが抱える様々な課題を実感することができました。厳しい自然環境の中で、彼らが受ける医療や教育の水準の低さなど、貧困によってもたらされる問題がそこにはありました。その一方で、新しい技術や知識の導入により農業の生産性が向上し、現金収入も得られるようになって、生活が次第に改善されていることも確かでした。ただ、漢民族との間の社会経済的な分業、というよりも格差が顕在化してもいました。
 この地域では、環境問題の難しさも痛切に感じました。例えば、貧しい人々が森林を伐採して、自分たちが食べるものを育てるために急斜面でも畑を耕します。そうした状況に対し、森林が減少して土壌が流出してしまうのを抑制するために、「木を切るのをやめて、斜面の畑を森林にもどしましょう」という政策を政府は推し進めるのですが、そこに暮らす人々には明日をどう食いつなぐか考えなくてはならない切迫した現実があります。中国の環境問題というと、工業化や都市化にともなう都市部での大気汚染(例えばPM2.5―微小粒子状物質―の問題)などをすぐに思い浮かべますが、農村部では別のタイプの環境問題が深刻であり、貧困と環境の間で、あるいは住民と国家の間で矛盾した関係が交錯しているのです。

[Keyword 1]涼山イ族自治州
中国・四川省の南部に位置し、雲南省と接する民族自治州。人口約400万人の半数を漢族、4割余りを少数民族のイ族が占める。山岳地帯が広がり、南部では標高4,000メートル級の山々が連なっている。州の人民政府所在地の西昌市は、人工衛星の発射センターがあることでも知られる。

ローカルな現象は、グローバルな問題と連関している

 研究の手法として私が重視しているのが、現地でのフィールドワークです。研究する場所を実際に自分で歩いて観察し、現地の人々から聞き取り調査をすることには大きな意義があります。地域のリーダーに会って彼らの考え方をうかがったり、一軒一軒の家族がどんな生活をしているのかを丹念にうかがったりといったアプローチです。
 もちろん、文書資料を収集して検討したり、統計データを計量的に解析したりといった手法もよく用いています。地理学の分野では、衛星写真などリモートセンシングによるマクロな空間スケールの資料を利用することもあれば、フィールドワークをベースにしたミクロなスケールの分析を行うこともあります。それぞれの手法が研究の中で重要な役割を果たしているといえるでしょう。
 フィールドワークは一見すると、狭い地域のことだけを細かく調べているように思えるかもしれませんが、私たち研究者はもっと広いスケールでの認識を持っています。目の前のローカルな現象は地域や国、さらにはグローバルなスケールの動静と密接に結び付いていると考えているのです。
 例えば、中国南部の広東省で工場労働者の調査をしたことがあります。彼らの中には何千キロも離れた中国の内陸部から出稼ぎにやって来た人が大勢いました。なぜ沿海部にまでわざわざやって来るかというと、欧米や日本を含むアジアの企業が広東省で工場を操業して、そこで割がいい雇用を生み出しているからです。出稼ぎ労働者から労働条件や生活環境、出身地の状況や今後の展望などを尋ねていく聞き取り調査は、地域間格差の問題やグローバル経済の中での多国籍企業の戦略など、もっと大きな空間スケールでの議論の一部を構成しているのです。