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研究セミナー特集

Seminar08 アドバンストエクステンション講座 子ども・若者の居場所について学問的に考える さまざまな学問領域からハード・ソフトの両面を考察

※本講座は地域の方の生涯学習の一助として行われる公開講座です。
開催日 / 2019年12月7日(土)開催
開催会場 / 横浜市立大学 金沢八景キャンパス いちょうの館 多目的ホール
講演 / 高橋寛人 教授、 三輪律江 准教授
ゲスト :米田佐知子 先生 (子どもの未来サポートオフィス 代表)

本アドバンスドエクステンション講座はゲストの米田佐知子氏と本学大学院2名の講師陣によって展開されました

  • SACHIKO YONEDA米田 佐知子氏(ゲスト)

    大阪出身。かながわ県民活動サポートセンターアドバイザーなど、NPOの中間支援活動に関わり、寄付財源でNPOへ助成を行う 神奈川子ども未来ファンドの設立運営に参画、事務局長を務める。2013年に「子どもの未来サポートオフィス」を立ち上げ、CSRやNPO等の支援を行う。日本ファンドレイジング協会准認定ファンドレイザー、かながわ福祉サービス第三者評価調査者などを務める。

  • HIROTO TAKAHASHI高橋 寛人 教授

    東北大学教育学部卒、東北大学大学院教育学研究科博士課程を経て横浜市立大学に勤務。
    著書に『教育公務員特例法制定過程の研究』『20世紀日本の公立大学』『危機に立つ教育委員会』、共編著に『居場所づくりの原動力』『居場所づくりにいま必要なこと』などがある。本学大学院都市社会文化研究科は、特定の専門領域について学ぶというよりも複数の学問分野に関わる課題を追究するため、教員にとっても、毎回新しい発見があるという。

  • NORIE MIWA三輪 律江 准教授

    名古屋工業大学大学院修了後、民間企業にて設計士として勤務。その後東京工業大学大学院に進学、博士号(工学)を取得。横浜国立大学VBL、地域実践教育研究センター准教授などを経て、2011年より横浜市立大学准教授に。まちづくり手法とその教育に関する研究、社会的弱者を含めた都市における「居場所づくり」に関する研究、コミュニティ活性に寄与する施設整備の実践研究など、自身の設計士としての経験や知識も活かしながら、精力的に活動を行う。

  • 米田 佐知子氏(ゲスト)の写真 米田 佐知子氏(ゲスト)の写真

    米田 佐知子氏(ゲスト)

  • 高橋 寛人 教授の写真 高橋 寛人 教授の写真

    高橋 寛人 教授

  • 三輪 律江 准教授の写真 三輪 律江 准教授の写真

    三輪 律江 准教授

子どもたちの居場所という社会の課題に取り組みました

少子化が進む現代、かつてのように近所の公園や広場に子供達が集まって遊んでいる、といった光景はほとんど見られなくなりました。今回のアドバンストエクステンション講座では、子どもや若者の居場所について考察することをメインテーマとして、1日2回の連続講義が行われました。続々と集まってきた聴講生の方々には、まず座席番号が書かれたカードが配られ、それぞれが着席。はじめに進行役を兼ねる本学大学院の高橋寛人教授の挨拶の後、今回のテーマに詳しい「子どもの未来サポートオフィス」代表の米田佐知子氏がゲストとして紹介されました。さっそく講座が始まり、ゲストの米田氏が「子ども・若者・親子の居場所」として、子育て環境の課題、居場所の大切さなどについてお話をされました。続いて提示されたテーマに沿って、グループごとにディスカッションをするワークショップが行われ、休憩を挟んで高橋教授のレクチャー、さらに三輪准教授のレクチャーへと進み、最後にグループ発表と質疑応答・意見交換という、非常に貴重で内容の濃いひとときとなりました。

「子ども・若者・親子の居場所」、米田先生による講義

今回ゲストとして登壇された米田佐知子氏は、早い時期から親子や子どもたちの居場所支援に取り組んでこられた方です。1996年に子育て当挙者によるまちづくりNP0「子育てまち育て塾」を立ち上げ、2001年には横浜市域、神奈川県域の子育て支緩ネットワークをコーディネイト後、NPOの中間支援活動で活躍してこられました。寄付財源で居場所を運営するNPOへ助成を行う「神奈川子ども未来ファンド」の事務局長を経て、2013年に「子どもの未来サポートオフィス」を立ち上げ、横浜と神奈川県域のこども食堂・地域食堂ネットワークや、神奈川県内の高校内居場所カフェネットワーク、横浜コミュニティカフェネットワーク、親子のひろば全国協議会役員など、精力的に活躍しています。今回のテーマにはまさにぴったりのゲストと言えます。

セミナー写真1

米田氏のお話は非常に親しみやすく、わかりやすい語り口で、「居場所」というテーマを過して現代社会が抱える課題を次々に明らかにし、その解決方法を探っていきます。はじめに、子どもたちの居場所以前に、子どもを持つ若い母親の「子育ての孤独」(物理的に自分の居場所がないこと、精神的にもどこにも所属できず社会での役割や出番のないことからくる孤独)といった深刻な状況が紹介されます。親子同士が集える「広場」と、地或の多様な人たちとの交流ができる「コミュニティスペース」が、両方あることがまちづくりにおいて必要であると話され、聴講者の共感を得ました。さらに、子どもたちの居場所に関する3つのK=環境(子どもらしくのびやかに遊ぶ環境)があること、関係性(親や先生以外の多様な関係)が持てること、経験(様々な体験にチャレンジできること)が紹介され、これを「子どもの権利」として保障する視点が重要と強調されました。そしてお話は進み、実際に子どもたちや親の居場所を作っている事例として、一軒家を地域に開き、誰もが通えて繁がり合えるコミュニティハウスや、子どもの本や漫画を備え、コミュニティスペースにもなっている高齢者デイサービスの事例、神奈川県内で開設されている校内居場所カフェなどが紹介されました。

お話を通して感じられたのは、米田氏の情熱と、社会の中での「居場所づくり」は、地域の皆で考え、活動資源を持ち寄り、場を育てる過程でつながりを生むものであり、その結果、多様性を持って広がっていることが、伝わってきました。

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ワークショップでテーマを掘り下げ、情報を共有

米田先生の講義を受けて、聴講されている方々が、「子どもたち」・「母親」・「親子」・「若者たち」の居場所の問題は、少子高齢化社会の重要な課題であるという認識を持ったところで、グループごとに皆で考察し、ディスカッションをするワークショップの説明が行われました。今回のテーマでキーワードであると感じた言葉をそれぞれが付箋に記載し、大判の紙に貼っていき、共通して出された同じキーワードを集め、それぞれのワードから解決への道筋を探ります。また、それぞれの方の社会経験や意見によって、他の人が思いつかないキーワードが出てくれば、それも貴重な共有すべき情報となるなど、グループワークならではの気づきができた、そんなワークショップでした。

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  • セミナー写真3-2 セミナー写真3-2
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「教育学、心理学、社会福祉からの居場所論」
高橋教授による講義

ワークショップを終えてしばらくの休憩時間をとった後に、連続講義として、本学の高橋寛人教授による講義が始まりました。高橋教授は教育学・教育論において、多くの研究実績を持ち、特に我が国の戦後の占領期における教育改革がどのように行われたのか、また戦後教育が現代社会にどのような影響を与えているかといったことに詳しいのですが、そうした教育や社会構造の変化の中で生まれてきたともいえる、現代日本の「居場所」問題についても言及しています。近年では、「居場所づくりの原動力ー子ども・若者と生きる、つくる、考える」(松籟社)、「居場所づくりにいま必要なこと―子ども・若者の生きづらさに寄りそう」(明石書店)の編集に携わるなど、この問題を広い視野で捉えていることから、今回のアドバンスドエクステンション講座においても、教授による熱弁が語られました。

高橋教授の専門である教育学的な論点から、まずは喫緊の課題として生活困窮家庭の子どもの学習支援の必要性が語られ、そこで必要なのが「居場所」であるということが強調されます。生活困窮と低学歴、低学力には相関関係があり、そうした環境にある子どもたちの多くは、勉強がきらいで大人に対する不信感をもっています。そこで、学習支援の場に楽しく通ってもらうためには勉強以前に「居場所」となることが必要です。また、生活困窮家庭に育ち、自己肯定感や自己有用感が持てない子ども達が不安や不満を持つだけでなく、多くの子どもや高校生までが、家庭や学校での人間関係や、社会全体の閉塞感などを感じ取ってなんとなく不安と思っていることが多いのですが、この問題を解決するためには、漠然とした不安の要因を一つひとつ見きわめ、それぞれを解決行動に移すための支援が必要であるといいます。

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こうした課題解決を支援する「居場所」とはどのようなものか? その例として、横浜市立横浜総合高校(定時制)や、神奈川県立田奈高校、大阪府立西成高校、川崎市立川崎高校(定時制)など各地の「校内居場所カフェ」が紹介されました。

そもそもこうした「居場所」という言葉や概念がいつ頃から出てきたかというと、おおむね1990年代以降であり、1970年代半ば以降の教育荒廃の時代から、競争主義、管理主義が進み、登校拒否が多くいわれるようになった頃からであるとされます。「自己の存在感を実感でき、精神的に安定していることのできる場所」が「居場所」であり、それがない、と感じる子どもたち・若者たちへの支援が今も大きな課題となっていると語られます。

そしてその「居場所」は、公共的な空間で、だれもが立ち寄ることができ、そこに居る人々の輪の中に入ってもいいし、ひとりで居てもよいこと、そして皆が存在を肯定されることが大前提であることが明かされます。

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三輪准教授による、都市工学・建築学・環境心理学からの居場所論

高橋教授のお話に続いて、本学大学院都市社会文化研究科の三輪 律江准教授がこの日最後の講演者として登壇しました。三輪准教授は、設計士の肩書と実務経験を持っていることから、まちづくりの実践的な手法にも長けており、そうした知識も活かしながら社会的弱者を含めた都市における「居場所づくり」の提言を行っています。今回も「ポピュレーションアプローチ/都市工学・建築学・環境心理学からの居場所論」と題した資料をまとめていただき、講義にあたっていただきました。

三輪先生の資料から、さっそく興味深いワードとして「サードプレイス」という言葉が出てきました。これはアメリカの社会学者、レイ・オルデンバーグが唱えた概念で、自宅や職場とは異質な心地のよい第3の居場所をいいます。例としては、カフェ、クラブ、公園などが当たるのですが、こうした場所が、以下のようなコンセプトに基づいて運営されるならば、それは子どもたちを含めた皆にとっての「サードプレイス=居場所」になり得る。
(1)中立性…自由に出入りできて皆がくつろげる (2)平等性…社会的地位など関係なく、そこでは全員が平等 (3)会話が楽しく活気がある (4)長時間オープンしていていきやすい (5)常連が雰囲気をつくり、新参者を受け入れている (6)地味で控えめな外観の場所である (7)公的な空間でありながら家庭的な心地よさがある
上記のような条件を満たした場所をたくさん作っていくことがこれからの社会に求められており、その理由は、現代の都市作りで排斥されてきた「子ども」たち(=街で遊べなくなった子ども)に対して、遊びと出会いを取り戻し、自分が自分で居られる場所を提供すべきではないかということです。

こうした場所は「子供たちが潜在的に地域に求めているもの」であり、週休2日制や学校の統廃合など、めまぐるしく変わる教育環境に対して、子どもたちの行動圏の中で空間を取捨選択できる余地がないこと、そこから人的なつながりが失われていくことが問題であると論じられました。

三輪教授の講義で投影される資料は非常に綿密なもので、子どもが過ごす場所や学校区と子どもの活動の相関関係、保土ケ谷区の公園に対する子どもたちの選択評価構造、現代の子どもの遊びの現状などといった細目について調査がなされたグラフなどが表示されていきます。

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それぞれが貴重なデータであり、そこから導き出されるものとして、「計画された場所以外の空間」にも目を向ける必要性(道・商店街など)や常に大人が見守ることの必要性などが紹介されました。

さらにお話は進み、親子で出かける場所として、どんなところが選ばれているかについて考察がなされ、未就学児期から学童期前半に子どもが体験する「身近な集いの環境」(=子どもを育ててくれる地域社会)が非常に重要であることなどが明かされていきます。

ひとつの結論として述べられたこととして、街に子どもの居場所を作る=誰がどこにどう集うかをイメージした上で場と共に「こと」が作れるようにする必要性、その実現のためには主体性と参画の醸造が不可欠であり、要はまちづくりの担い手を育成することにもつながるのではないかということを述べられました。

加えて、街そのものを居場所にする「まち保育」プロジェクトなどが紹介され有意義な講義の時間が終了いたしました。

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質疑応答

講義、ワークショップ全てが終了し、3名の講師の方たち全員が前に並び、意見交換・質疑応答タイムが設けられました。テーマが聴講者にとっても身近なものであり、同時に日本全体のこれからのまちづくりや子どもの教育に関わっているためか、多数の発言が出て、それぞれ講師の方が丁寧に答えたり、一緒になって考えたりする光景がしばらく続きました。やがて時間となり、それぞれが居場所について様々の意義や役割に関する考察を深めつつ閉会となりました。

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