vol.7 社会学的な想像力で多文化共生社会の可能性を探ります
 国際総合科学群 多文化社会論 准教授 滝田 祥子(たきた・さちこ) vol.7 社会学的な想像力で多文化共生社会の可能性を探ります
 国際総合科学群 多文化社会論 准教授 滝田 祥子(たきた・さちこ)

「学びの楽しさ」を学生に感じてほしい

学生が何かを産み出すのを手伝う「助産師さん」として

 横浜は開港以来、海外から多くの人が移り住み、現在は約8万人の外国人が住む国際都市です。私は学生時代、横浜市国際交流協会(YOKE)のプロジェクトで外国人の方にインタビューする仕事をして、初めて横浜に関わりを持ちました。今こうやって教員として横浜市大にいることには、人生でいろんな経験を積みながら元の場所に戻ってきたような、不思議な縁を感じています。
 市が進める多文化共生の取り組みの一環として、2013年度には外国人住民の課題やニーズを把握するための意識調査に携わりました。現在も、彼らの意識をより深く理解するためのインタビューを続けています。
 ゼミでは、横浜橋通商店街をフィールドに、昔はどういう場所だったのかを年配の方から聞き取り調査をする実習なども実施しています。ディスカッションの進め方を学生に決めてもらうなど学生主体型授業[Keyword 2]も実験的に行なうことで、学びの楽しさを学生に感じてほしいと考えています。
 私は教育学の専門ではありませんが、教室の中での教師と生徒の関係も、多文化状況におけるコミュニケーションの一つだと思っています。教室は一方的に教える場所ではなくて、「対話」の場所ですから、自分から話したり教えたりすることが学生を成長させます。彼らが何かを産み出そうとしているのを、「助産師さん」として引っ張ったり楽にさせたりするのが、私の役割だと考えています。

[Keyword 2]学生主体型授業
学生主体型授業にはいろいろな形があるが、従来の形式、すなわち教師が教えて、その内容を学生が学ぶという形式の授業ではなく、学生自らが学びたいという主体性を発揮できるような環境(実践の場など)をつくり、教師の役目はその学びを阻害している要因があればそれを取り除き、アドバイスをあたえることに徹し、主体的な学びの伴走者のような役割を果たすことにある授業形式。教師が学びの場で学生から学ぶことも多くある。e-learningではなく、教室の場で教師と学生が対面的状況を共有するからこそ実現可能な学習方法で、これからますます複雑さを増す世界でより良く生きていくために共に深く考え行動することを促す大学教育の重要な役目として注目されている。

「対話」によって、個人や社会の可能性が広がる

 多文化共生の話に戻ると、そこで大切になるのは「対話」です。国や性別などで相手をひとくくりにして見てしまうと、対話はなかなか生まれません。一人ひとりの個人は、多様なバックグラウンドや個性を持っていて、一つだけのアイデンティティを持っているわけでもなければ、それに固定されているわけでもありません。そうした多様な個人がお互いにフラットな立場で対話をすることによって、関係性(関係のあり方や築き方)が広がっていくのではないでしょうか。
 今の学生にも、かつての私のように、自分がカテゴリーとして見られて、個人として扱ってもらえないことに悩んでいる人がいます。私は「その気持ちはわかるよ」と言いながらも、いろんな人に会って対話することを学生に勧めています。それによって、自分一人では気付かないメンタルブロック(否定的な思い込みによる意識の壁)を取り払えるかもしれないからです。
 私自身、研究の方向性が定まりつつも、決定的なブレイクスルーと言えるようなものを見つけたわけではありません。ただ、強制収容所での差別のように、人間が人間によって人間扱いされなくなってしまった出来事には、それら個別の事象超えるもの、すなわち人類がこれからより良く生き抜いていくために重要な知恵が潜んでいると考えています。社会学以外にも脳科学・哲学・考古学などの様々な視点からそれを探っていくのが、これからの楽しみでもあります。
 私はいつまでも学び続ける姿勢でありたいと思っていますので、これから大学に入ってくるような学生さんたちは私の仲間です。みなさんが学校や社会の中でいろんなことを体験して、自らの可能性を広げていくお手伝いが出来れば、それが私の喜びですし、私もまた皆さんから学ぶことができるのを楽しみにしています。

【My Favorite】
 旅をすることと本を読むことが大好きです。歩きつつ立ち止まり、また、歩き始めるというリズムが好きです。本を読むことも、旅をすることと似ていますね。身体を移動させなくても、時空を超えて様々な人間に触れ合うことができます。「本棚に統一感がないね」と言われるほど多種多彩なジャンルの本を読んでいます。子供の頃から好きだった『星の王子さま』もあれば、『ミラーニューロン』と呼ばれる最新の脳神経科学の研究に関する本もあります。様々な事象の組み合わせによって、新しい知見が生まれます。それが一番楽しい瞬間です。「あ、そうか!」(aha moment)という気づきの瞬間ですね。
 最近刺激を受けたのが、高尾隆さんと中原淳さんの共著『インプロする組織』。大学の授業という場面でも、インプロ(即興演劇)のような、その場その場での言葉のキャッチボールを学生と繰り返して新しい何か(思考、方法、作品など)を生み出していくことが、とても大事だということを学びました。