seminar02 ONOE AKIRA

研究セミナー特集

Seminar02

マイクロ工学と材料・生物学の融合による医療応用技術 機械工学や高分子化学と生物学・医学との学際的融合による研究と成果

2018年1月11日(木)開催  
会場:本学 カメリアホール

● 講演:慶應義塾大学 大学院理工学研究科 総合デザイン工学専攻:尾上弘晃准教授
● 招聘コーディネーター教授:小島伸彦准教授

尾上弘晃准教授による講演

セミナー写真1

研究が進み、ゲルの中に細胞を封入し、紐状の形態を作っていくというところまではきました。次は、それがちゃんと中で組織を作るのかどうかが大切になってきます。そのためにいろいろ条件を検討をするのですが、この部分は非常に難しいところです。
 例えばこれは全く同じマウスの線維芽細胞なのですが、それに一緒に入れているのがコラーゲンです。これもほとんど全く同じ作りです。ただこちらの方だけコラーゲンが柔らかくて、こちらのは硬いです。その硬さを変えるだけで細胞の組織化の挙動が全く変わってきます。こちらの柔らかい方の場合ですと、中で細胞が動いていて、生きているのがわかるのですが、繋がっているというより塊になってしまっています。足場がしっかりしている硬いコラーゲンで作るとちゃんと細胞が足場に一緒にくっつくことができるので、千切れず横につながるような組織ができます。直径や細胞濃度、コラーゲンの種類などいろいろな条件があり、少なくとも一つ言えるのがコラーゲンの硬さというのが、細胞同士をうまく組織化するためにとても重要な要素となることがわかっています。

セミナー写真1

実際、中で何が起きているのかということなのですが、それを確かめるためにコラーゲンを染色してみました。こちらで緑色に見えているのが細胞を懸濁させた時に一緒に入れたコラーゲンです。マゼンダに染めているのが細胞が出すコラーゲンです。懸濁させた後、細胞がコラーゲンをどんどん出して、構造を維持しています。これは封入したばかりの時は当然緑色ばかりなのですが、培養を進めていくとだんだんと内部に入れたコラーゲンがなくなっていき、しばらくすると細胞が出すコラーゲンに入れ替わってきます。これが示していることは細胞を最初に安全な状態にして、ある程度ちゃんとした場所に配置してあげれば、あとは細胞の力でどんどん内部の紐の状況を作り変えて、彼らにとってちょうどいい環境に中が変わるということです。これは工学的に細胞を配置して組織を作る時に非常に重要な考え方ではないかと思います。

紐を織ることでさまざまな機能を待たせる可能性

細胞の紐ができたので、私は研究室にあるどの細胞で紐ができるのかなと思い、手当たり次第研究室の細胞保存タンクの中にある細胞を入れて紐にするという実験をしばらくやっていました。その時に色々な細胞を試しました。筋肉や神経、内臓と、どういう種類のコラーゲンだったり細胞外マトリックスと一緒に入れるのがいいのかということです。試した結果、プラスとマイナスとして表にまとめたのですが、このマイナスという部分が紐にならないのです。どういうことなのかなと思うと、これも先ほどの話の硬さが全く違うマトリックスを選んだのです。細胞はマトリックスの硬さだけではなく、化学的な組成などにももちろん影響があるのですが、ほとんど同じような組成の中では強度というのが非常に重要でした。且つ、この部分というのは筋肉だったり皮膚だったり、非常に強いテンションがかかるところにいる細胞なのです。ですから、元々細胞の牽引力、自分の細胞が引っ張って出す力が強い細胞に対しては、弱い足場では紐になりません。ちゃんと硬い足場でないと紐にならない傾向だとわかりました。そうしてこのような紐ができたのですが、この紐は割としっかりして、例えば外側のゲル、酵素で分解してもちゃんとくっついてくれているので、きちんと細胞同士の力でくっついているということがわかります。
 では、形はできたけど機能はどうなのか?ということで、簡単な機能のチェックをしました。全ての機能を調べることはできないので、代表的なものなのですが、例えばHUVECと言われる血管の内皮細胞を中に入れると2日程度である構造体になります。この構造体を共焦点顕微鏡で断面を見ると、チューブの中に血管のようなチューブができているということがわかります。元々この細胞というのは3次元的に培養するとチューブを作りたがる細胞なのです。ですから、中でちゃんと彼らが「なりたい構造」、つまりちゃんと繋がることができるということが確認できます。


セミナー写真2

(ここで受講者から質問)
Q:中の細胞は増殖はするのですか?
A:このタイプの細胞は増殖するものです。細胞によって例えばプライマリーの肝細胞など増殖しないタイプはしないのですが、基本的にディッシュの上で増えるものは中で増殖します。
Q:中身が詰まるのですか?先に伸びるのですか?
A:非常にいい質問ですね。それは中身が詰まっていきます。詰まってくるとお互いの間の圧力が高まってきて、増殖が止まるものは止まります。ただ、ガン細胞などはそれが止まらないのでそれを破ってキノコのように破裂してしまいます。
(質問ここまで)

セミナー写真2

実際問題ディッシュの中で培養しているとどういう状況になるかというと、ゲルの紐はとても長いので絡まってしまいます。それは非常によろしくないことで、例えば紐として使いたい場合、ちゃんとほどいて取り出して培養をしたくても、なかなかそれが難しいです。かといって空気中に取り出してしまうと細胞なのですぐ乾いて死んでしまいます。またゲルで髪の毛くらいの厚さなのでとても弱いということで、なんとか紐一本として扱う技術というのが必要というのは感じていました。
 どういう風にやったら紐というのを紐として扱えるのかということで試行錯誤した結果、チューブで培地を吸ったり吐いたりすることで紐を扱えるということを見出しました。ディッシュの中のチューブです。吸って吐き出すと出したり入ったりするので、うまく配置や流れをコントロールすると、(例えば)こことここにピンと張りたいなというのを流れでもって制御できます。これは考え方を変えると、今まで細胞は紐として使うようなものではなかったのだと思います。普通に混ぜて撒いて使うというものなのですが、こういう形に加工することで今までの私たちの服のような、紐として、材料として使えるんじゃないかと考えました。
 では次に、どれだけ紐としての組織の性能があるかということです。実際に織ってみろという話になって織れれば紐だろうということで。この昔からある織り機の間に糸を通すということを細胞の糸でやることになりました。先ほど言ったように、固定はチューブを使います。このような大きい容器を用意して、中で織るというようなデモンストレーションをしました。実際にやったものなのですが、こういった3Dプリンターで織り機のようなものを作って、中に培地(この場合PBS)を入れます。そして、こういう細胞の紐を張るという作業をします。これは実際織ることができます。これは細胞は入っていないものですが、だんだん織っていくと、まさに織物のような構造ができます。同じように細胞でもこのような構造ができるということをデモンストレーションしました。細い糸をバスの中で吸ったり吐いたりゆっくりゆっくり織っていくのですが、織られる姿を見られたくないので、鶴の恩返しだからやめてくれと、そういう冗談を言いながら織っていました。細胞でも織れます。もちろん糸も縦横の糸も変えることができるので、こういった細胞種が違ったような組織、且つ方向性を持っているものを作れます。例えばシートのような組織を作ってここに血管を作りたいと考えた場合、細胞の割合をこういう風にコントロールしたいなということが自由にできるという構造です。織る以外にも巻き取ったり、バンドル化したり、いわゆる糸として物を作るといった発想で組織を構成することができます。このような構造というのは色々なところに生体に似たようなものがあります。例えばこういう2重になっている構造だったら、動脈血管はこういう縦の荒い目の二重構造をもっていたり、バンドルしているものだったらニューロンだとかそういうような構造になっています。もちろん作ったファイバの構造が、すぐこうなると言っているわけではありません。大分この生物学的な機能には差があります。けれどもそういった構造を作るときに、あらかじめ置いていく、細胞を配置するという意味ではこのような方法というのは使えるんじゃないかと私たちは思っております。

移植実験と共同研究で学んだコミュニケーション

セミナー写真3

さて、この細胞の紐ですが、ターゲットが移植用ということで、移植してちゃんと機能するのかということを確認しようという実験をしました。
 移植は私だけではできませんので、糖尿病治療の専門家の医学部の先生と協力し、ファイバーの中に糖尿病下でのインスリン機能を改善する細胞を入れて、それを糖尿病になっているマウスに埋めることで、失われた膵臓の機能を回復できないか?というアプローチです。共同研究でやったのですが、とてもいい経験になったのでご紹介させていただきたいと思います。雑誌でも紹介していただいた話なのですが、興津先生とおっしゃる移植の専門の先生に、この紐を本当に移植用に使えるということを示したくて、私が細胞ファイバーを使って、膵臓の細胞を封入して、本当に治療に利用できることを示しましょうという話をしました。興津先生も非常にアクティブな方で、それはいいね、ぜひやろう!ということで共同研究がスタートしたのですが、実はこれは目的と手段という意味でいろいろ食い違っている部分もありました。私はモノを作っているので、この細胞ファイバーをさまざまな医療に活かしたいのですが、興津先生としては当然糖尿病を治療したいわけで、ここに共同研究の難しさを体験しました。

セミナー写真3

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興津先生先生からしてみると、なんとか新しい技術を使いたい。ですから成り行き上この細胞の紐を使うことになったのですが、先生の立場からするとこの技術じゃなくてもいいわけです。ですからこちらの意図やの要求もマッチさせつつ、共同研究を進めなければならないという状況になっていました。
 これは共同研究をされる中でよくある話なのですが、私の前のボスである東大の竹内先生も良く言っていた例え話があります。例えば、山があったとします。この山をみんな登りたいわけです。山を登ることが目的の人は山を登る適切な靴を選びます。これがつまり研究の目的だとすると、どの手段で行けばいいかというチョイスになるのですが、これはパーパスドリブンの研究スタイルといって、ミッションが決まっているのに対して最適な工学的な技術な何か、という考え方です。それに対して、目的があるのですが、工学技術を伸ばすという立場が当然あり、とにかく技術を伸ばす。こういう研究スタイルですと別にこの山じゃなくても良くて、実はこういう技術が活かせる高い山があるんじゃないかとか。今まで目標として知られてなかったところに到達できるというような考え方もあると。こういうテクノロジードリブンの研究スタイルもあります。私がやっていたのはその当時こちらでした。ですから共同研究においてはうまく山と靴の改良を合わせるところが非常に大切だということを学びました。

セミナー写真4

興津先生は非常に共同研究に長けた方で、私が先生から学んだことが多かったのは、先生の生活スタイルで、午後から実験開始だったのですが、とにかく実験開始する前にお茶を飲まれる先生でした。実験の打ち合わせは10分くらいすれば、今日何をするのかが決まるわけですが、そのあと30分くらい雑談をして、なんで研究を早く始めないのかなと思っていたところ、さらにその後実験室でパスタを食べようと。始めるのが遅いのがいけないのですが、遅いから終わらないんです。結局終電まで一緒にやると。こういうような実験のスタイルを3、4ヶ月ずっと続けていました。
 こちらとしては本当に早く実験したいのに、という気持ちだったのですが、こういう風にすると、話す機会が増えるわけです。そうすると、そもそも要望が違ったり、どういうことでこの研究を一緒にすることになったかなど、それぞれの本心が段々と見えてきて、いろいろな物事がスムーズになり、相手のいっていることもよくわかるようになってきたなと、一緒に共同研究した時に感じたことでした。このスタイルが面白くなり、共同研究はお茶を飲みながらということで、興津先生との共同研究の話をエッセイで書いたりしたわけです。そういう風に、最初は山を行く靴もうまくあってはいなかったのですが、とにかく進め流ことができ、やがてインスリンが出るようなファイバーを開発しました。MIN6というβ細胞の細胞株やラットの膵島から取ってきた細胞を封入し、テストを行い、グルコースの量に応じてインスリンがちゃんと出るかなということを見て、低いグルコースだとインスリンが少なく、高いグルコースだとたくさん出ると言ったこともわかってきました。こうしたテストを一緒に行うことで結果が出たと言えます。


セミナー写真5

医療技術と紐のマッチング

こうした研究を続けているうちに、私の先ほどの編む映像などを興津先生にも見せたのですが、それを見た興津先生はこれはカテーテルで移植するのに非常にいいのではないかと言われました。これはゆっくりやれば紐の形をしているので細いカテーテルの中にしまえるというんです。これは実は移植としては非常にいいことで、大きくお腹を割かなくても、細い管を入れて、ある程度の塊の臓器を入れられるわけです。文字どおり、組織工学の「紐」が再生医療と身を結んだ瞬間ではないでしょうか。
後付けではありましたが、そのような話で研究を進めることになり、最終的にはマウスの腎臓の腎皮膜の下に植えるという仕組みで完成しまして、これはカテーテルとポンプの操作でうまくいことがわかりました。(3へ続く)

セミナー写真5