seminar03 TETSU KINOSHITA

研究セミナー特集

Seminar01

知られざる植物たちの姿を科学する(木原生物学研究所) 植物たちのオス・メス事情

2018年1月15日(月)開催  
会場:理化学研究所 横浜キャンパス

● 木原研究所 木下哲教授

有力な研究機関との連携

 木原生物学研究所は、植物学、遺伝学の最先端研究を行う機関ですが、独自で研究をするだけでなく、優れた機関と提携関係を結び、より幅広い視野に立って研究を進めることを行っています。2008年には理化学研究所と、また2017年には名古屋大学トランスフォーマティブ生命分子研究所(ITbM)と包括連携に関する基本協定が結ばれました。これらの協定の下、横浜市立大学木原生物学研究所と理化学研究所環境資源科学研究センターおよび、名古屋大学ITbMの3機関は、人材交流や共同研究など密接な連携を行っており、その一環として、今回、理化学研究所横浜キャンパスにて、理研-ITbM-木原合同ワークショップが開催されました。
 ワークショップの冒頭では、独立行政法人理化学研究所の環境資源科学研究センター長で、植物整理学会会長も務められた篠崎一雄博士のご挨拶があり、植物科学分野においては我が国でも屈指の研究グループとされているこの3機関が強力に連携するに至った経緯のご説明がありました。さらに、国連開発計画(UNDP)が掲げる持続可能な開発目標(SDGs)に対し、植物科学研究はどのように貢献できるのか、その重要性が述べられ、今後の植物科学研究のますますの発展に期待を寄せられました。

 今回のセミナー特集では、この理研-ITbM-木原合同ワークショップで、木原生物学研究所代表として講演された木下教授のお話を03として、丸山助教のお話を04としてお届けします。
 このページは03として木下先生のご講演です。

木原研究所 理化学研究所 生命分子研究所
ポスターセッションの様子1 ポスターセッションの様子2

ポスターセッション

木下哲教授による理研-ITbM-木原合同ワークショップでの講演

木下 哲 教授

木下 哲 教授

木下 哲 教授

学術院 国際総合科学群 自然科学系列 国際総合科学部
理学系生命環境コース 生命ナノシステム科学研究科
生命環境システム科学専攻
舞岡キャンパス・木原生物学研究所勤務
2014年より本学教授として、農学、 育種学、 基礎生物学、植物分子生物・生理学、遺伝・ゲノム動態などの研究を行う。
倍数性操作によるイネ胚乳の生殖的隔離の打破、ゲノムインプリンティングの解析、イネ属胚乳における父・母ゲノムのエピジェネティックな調和と軋轢の分子機構といった、植物の繁殖の根元に潜む謎を解明する研究を行う。DNAの脱メチル化に必要な因子としてシロイヌナズナよりDRE2やSSRP1を同定するなどの成果をもたらし、その研究成果は高い評価を得る。

木原生物学研究所について

まず、私が所属する木原生物学研究所について簡単にご説明したいと思います。
 木原生物学研究所は、非常に歴史が古く、第二次世界大戦中の1942年(昭和17年)に、京都府物集女地区に設立されたのが始まりで、創立者は我が国の近代遺伝学の創始者の一人である故木原均博士です。博士の最大の功績はコムギの染色体群の詳細な分析により、ゲノムの概念を確立したことにあります。今でこそ、ゲノム解析はさかんに行われていますが、その先駆けとして大きな功績を残しました。1984年(昭和59年)、木原生物学研究所は公的機関への移管を行うこととなり、横浜市立大学の附置研究所として位置付けられ、翌1985年(昭和60年)には戸塚区舞岡にリサーチパーク構想とともに移転、1993年(平成3年)近代的な研究所棟を着工し、2面の実験圃場を持つ植物科学の先端的研究に特化した施設として、多くの期待を受け、現在に至っています。

植物におけるオスとメスのせめぎ合い

木原生物学研究所の成り立ちについて語らせていただいたのは、研究所をご紹介するということはもちろんなのですが、もう一つ、今現在の私たちの行っている研究にも、創始者の木原博士を始め、先人たちの研究手法や精神、仮説などが息づいているからです。その一つが1930年代に木原博士らにより発案され、1978年に西山市三博士らによって提唱された「極核活性化説」です。では、「極核活性化説」とは何でしょう? 植物は受精後、種子を作ってその子孫を残そうとします。この種子は、次世代の芽になる「胚」と、その胚の栄養となる「胚乳」からできています。木原・西山両博士は、この胚乳ができる過程で、メス(極核)は胚乳の発生を“抑制”する効果をもち、オス(精核)は逆に“促進”する効果を持っており、正常な胚乳の生育にはオス・メスの効果が釣り合う必要があることを見出しました。これが「極核活性化説」です。しかしながら当時は、オスとメスの間でなぜそのような「せめぎ合い」があるのか、その仕組みはわかっていませんでした。 先達たちの仮説をもとに、こうした謎に取り組み、未来の食糧生産などに役立つ発見や方法を見出すことが私たちの研究室の命題です。

木原博士と西山博士のチーム 木原博士と西山博士のチーム

せめぎ合いとゲノムの刷り込み

ゲノムインプリンティング

次に、現在の研究内容をご説明していきます。我々の研究グループでは、主に「ゲノムのせめぎ合い」や「エピジェネティクス」に着目した研究を展開しおり、その中で「胚乳で見られる種の障壁の分子機構の解明」に取り組んできました。
「種の障壁」とは、異なる種間の交雑を妨げる仕組みです。例えば、我々の主食であるイネでは、栽培イネ(学名:Oryza sativa)を母親に、アフリカに自生する野生イネ(学名:Oryza longistaminata)を父親にして種間交雑を行うと、胚乳が過剰に肥大して雑種種子は全て致死となってしまいます。このような胚乳発生の異常も「種の障壁」の一つで、様々な植物種で観察されますが、その分子機構はあまり良く分かっていません。この胚乳での種の障壁を克服し、異種間の交雑であっても正常に生育し、かつ長期保存が可能な種子を得る技術の確立が求められていました。
ここで、胚乳の発生に関わるゲノムインプリンティングについてご説明します。例えば自殖性の植物では、同一の個体内の精細胞と卵細胞とが受精するため、次世代の植物ゲノムの塩基配列はオスとメスとで同一であるはずです。ところが、実際はオス由来とメス由来のゲノムの機能はそれぞれ異なっており、片方の親から由来する遺伝子が優先的に発現することが知られています。このような現象をゲノムインプリンティング(ゲノム刷り込み)と呼んでおります。これまでの我々の研究から、胚乳組織でのゲノムインプリンティングの仕組みを明らかにしてきおり、DNAメチル化などエピジェネティックな修飾(目印)が親から子に伝わり、この修飾にしたがって植物の胚乳では片親性の遺伝子発現がみられることが分かってきました。私は、このような研究を進める中で、木原・西山両博士が提唱された「極核活性化説」を知るに至りました。先にも述べました通り、「極核活性化説」とは、メス(極核)は胚乳発生を“抑制”する効果をもち、オス(精核)は逆に“促進”する効果を持っているため、正常な胚乳の生育にはオス・メスの効果が釣り合う必要があるという仮説です。このオスとメスの効果の差を生み出している仕組みが、我々が明らかにしてきたゲノムインプリンティングと深く関わっていることが分かってきました。

ゲノムインプリンティング

種の障壁を越え、新しい組合せの雑種種子を得る

先ほど述べた通り、栽培イネ(O. sativa)を母親に、野生イネ(O. longistaminata)を父親にして種間交雑を行うと、胚乳が過剰に肥大してしまいます。一方、同じ栽培イネ(O. sativa)同士の交雑でも、母親側の植物の倍数性を上昇させ四倍体にして倍数体間交雑を行うと、胚乳が“萎縮”するという、種間交雑とは逆の異常が生じることを見出しています。そこで、この性質を利用し、母親の倍数性を上昇させれば、種間交雑で生じる“過剰肥大”した胚乳を“萎縮”させ、胚乳の発達を結果的に正常化できるのではないかと考え、その検証実験を行いました。通常、栽培イネ(O. sativa)および野生イネ(O. longistaminata)はどちらも二倍体種ですが、人為的に倍数性を上昇させた四倍体の栽培イネを母親に用い、野生イネとの種間交雑を行いました。その結果、得られた雑種種子の98%が発芽し、母方の種の倍数性を操作することで、オス・メス間で崩れていた均衡を修正して正常に発芽できる雑種種子を得る事に成功したのです。つまり、木原・西山両博士が戦前から着目していたオスとメスのせめぎ合い「極核活性化説」を、半世紀ぶりに木原生物学研究所において、イネ属を用いて実証したと、そういうご理解でいいのではと思います。
 さらには、メス特異的、オス特異的なインプリント遺伝子の発現も、胚乳発生異常と相関して異常を示すこと、種の障壁が打破される倍数性操作の交雑では、インプリント遺伝子の発現異常も回復していることなどを明らかにし、今後の分子機構解明への手がかりを見いだしました。
 こうした研究の繰り返しにより、将来において、他の作物の品種改良に貢献できる手法開発を進め、地球規模で落とすれると言われる食糧難を回避する一助となれればと、考えています。

極核活性化説と母親の倍数性操作による種の障壁の打破
極核活性化説と母親の倍数性操作による種の障壁の打破 極核活性化説と母親の倍数性操作による種の障壁の打破

セミナー04にて理研-ITbM-木原合同ワークショップ報告、丸山助教のお話をお届けします。