横浜市立大学 × J-PEAKS

研究の横浜市立大学で世界に挑む「大学発スタートアップ推進」の現在地

研究・産学連携推進センターのスタートアッププロデューサー後藤 優特任准教授
横浜市立大学が力を入れている「大学発スタートアップ推進」が、続々と成果を生み始めている。すでに「横浜市立大学発認定ベンチャー」は16社にのぼり、事業化に向けた大型資金調達を実現した研究者も現れている。2024年から「大学発スタートアップ推進」に携わる研究・産学連携推進センターのスタートアッププロデューサー後藤 優特任准教授に最新動向を聞いた。

大学発スタートアップの資金調達から法人設立まで伴走するプロデューサー

「スタートアッププロデューサーの主な役割は、大学発認定ベンチャーの選定、事業計画の作成、GAPファンドの獲得、法人設立までの伴走支援です。着任してから、複数の研究成果の社会実装に向けたスタートアップ推進を同時並行で行っています」
GAPファンドの獲得においては、起業前に受けられる助成金として最大規模であるD-Global(ディープテック・スタートアップ国際展開プログラム)の採択実績をあげている。さらに理学部からも採択実績が出ており、これまで医学系の研究者中心だった起業支援が、理学系の若手研究者にも波及している点にも注目すべきだろう。


カリフォルニア大学を卒業後、外資系金融機関で10年以上勤務

「私は身近に起業家がいて、創業した会社が上場企業へと成長していく過程、さらに上場後もゴーイングコンサーンの考えのもと経営に向き合う姿勢を間近で見る経験をしました。それが起業への関心の原点になっています。米国のボーディングスクール卒業後は、カリフォルニア大学アーバイン校で学び、卒業後は日系証券会社に入社して、キャリアをスタートしました。その後、転職し、最後に所属していた外資系金融機関では日本の金融法人や商社などの事業会社が主にエマージングマーケット(新興市場)に新規投資する際の営業および事業開発業務を担当していました。ここで得た知識と経験は、現在のスタートアップ推進業務にも大いに生かされています」
転機となったのは、2020年初頭から世界を覆ったコロナ禍だった。海外出張が全面キャンセルになったことをきっかけに、京都大学経営管理大学院に進学し、専門職学位(MBA)課程を修了した。大学院の研究では、著名な企業創業者・CEOらに「起業家のエウダイモニック・ウェルビーイング*1」を研究課題とする半構造化インタビューやその後のフォローアップ対話を実施。そのうち半数はIPO(新規株式公開)経験者だったという。そこで得た知見などを参考に、大学院修了後は自らも起業を計画していたところに、指導教員から思いがけない仕事の話が舞い込む。
「京大時代の指導教員というのが、現在、本学において独自のアプローチでアントレプレナーシップやスタートアップの研究に取り組まれている伊藤智明准教授でした。先生は、私の母校であるカリフォルニア大学アーバイン校で『エスノグラフィー*2』によって博士号を取得したジョン・ヴァン=マーネンや、その共同研究者で組織研究における独自のアプローチである『プロセス・コンサルテーション*3』を提唱したエドガー・シャインの方法論を参考にしている方でした。そのような経緯で京大では、フィールドワークの方法論を探究しながら、アントレプレナーやスタートアップの研究に取り組むことができました。先生が赴任する横浜市立大学に2024年4月から大学発スタートアップを推進する新しいポジションができると聞き、興味を持ちました。大学発スタートアップの立ち上げをプロデュースすることは、自らのキャリアを生かすと同時に、大学院での学びを実践へとつなげ、実際の経済活動に貢献できる貴重な機会になると考えたのです。日本の大学で働くことは想像もしていませんでしたが、これも新たな挑戦だと考え、大学院修了式翌日に横浜に引っ越し、現職に就任しました」 

横浜市立大学には世界を変える可能性を秘めた研究成果がある

スタートアッププロデューサーである後藤特任准教授が目指すのは、学部時代の留学先であるアメリカの大学で見た光景だ。現地では、出入りしていた研究室の教授が、当たり前のように起業をするような文化があり、驚きとともに刺激を受けた。起業大国アメリカでは、当然ながら大学発スタートアップの支援も盛んだ。そして、支援した起業家が大学に利益や人的資源を還元するエコシステムもできているという。 
横浜市立大学の研究成果には世界を変える可能性のあるものが存在していると確信しています。課題があるとすれば、スタートアップ創出の仕組みのほうです。大学には研究に長けた人材はいても経営に長けた人材がどうしても少ない。それが資金調達を困難にする遠因にもなっています。また、優れた研究が必ず事業化して成功するわけではなく、研究における知的財産のルールも複雑で、交渉に時間がかかるのが実情です。まだまだ成功事例も限定的です。成功した起業家が大学に利益を還元し、そこから新たなスタートアップが生まれる……そんなエコシステムを構築するのが私のミッションだと考えています」 

いずれは大学独自のファンドを立ち上げ、持続可能な成長システムも構築したい

 後藤特任准教授の着任後、新たなスタートアップ推進の動きも出てきた。神奈川エリアの複数の大学と連携して、大学発スタートアップの国際展開への挑戦を発信していく取り組みもそのひとつだ。また、自らが中心となり、学内コミュニケーションツールを活用したスタートアップコミュニティの運営や、スタートアップ関連のイベントやセミナーの開催も行っている。これらは、横浜市立大学の教職員、学生なら誰でも参加可能だ。
大学発スタートアップのエコシステム構築に向けて、さらに活動を加速する後藤特任准教授に今後の目標を聞いた。
「現在の職務としての大きな目標は、既存 の仕組みを最大限に活用して、研究開発と事業開発のための大型GAPファンドを獲得する研究者をさらに増やしていくことです。そしてゆくゆくは、GAPファンド獲得から共に取り組んだ研究者が起業家若しくは大学発スタートアップの創業者として、学部1年生の大半が受講する総合講義『企業家に学ぶ』の講義に登壇するという目標を実現したい。こうしたサイクルを回しながら、学内外のステークホルダーを増やし、いずれは横浜市立大学独自のファンド立ち上げによるスタートアップ企業への持続可能な成長システムの構築などを実現していきたいです。2026年4月からはスタートアップ推進部門の体制がさらに強化され、新たに有識者などを迎えて拡大していきます。こうした体制拡大に伴う推進体制の進化の一環として、オフィスアワー(正課の授業とは別に、学生と教員がコミュニケーションを図る場として設けた時間)の開催も予定しています」
【研究者プロフィール】
後藤 優 特任准教授 GOTO Yu
横浜市立大学 研究・産学連携推進センター
スタートアップ推進部門 副部門長
スタートアッププロデューサー
カリフォルニア大学アーバイン校卒業後、外資系金融機関勤務などを経て、京都大学大学院へ入学。在学中にソウル大学大学院MBA派遣留学を経て、京都大学経営管理大学院専門職学位(MBA)課程修了。2024年4月より横浜市立大学 研究・産学連携推進センター スタートアッププロデューサー(特任教員)として着任。2025年9月より現職。 

用語説明
*1 Eudaimonic Well-being:アリストテレスの「エウダイモニア(善く生きること)」に由来する概念で、快楽や一時的な満足にとどまらず、自己実現や個人的成長、人生の意味・目的の追求を通して育まれる、持続的で深い幸福感のこと
*2 Ethnography:異文化理解のための文化人類学的なフィールドワークとその成果となるモノグラフのこと。観察者が現場で当事者と共に生活し、フィールドノーツとして記録を書き溜めることで、当事者のインタラクションを濃密に記述していく質的研究法。