松本郁代先生写真

考察力・洞察力を磨くことで
学びの面白さを知る


国際総合科学部 国際教養学系 国際文化コース 准教授

松本郁代(まつもといくよ)Ikuyo Matsumoto

貴重書のコレクションから教わった、YCUの奥深さ

貴重書の探索と、デジタル化への取り組み

松本郁代先生 インタビュー写真1

歴史研究には、その時代に書かれた古文書や古記録はもちろん、先人たちがまとめたり収集したりした資料の読解が欠かせません。私が横浜市立大学に赴任して嬉しかったことの、江戸時代以前に成立した歴史的な資料―大学では貴重書と呼んでいます―が多く所蔵されていることでした。本学学術情報センター(Keyword-3)には、本学で教鞭を執った哲学者の三枝博音先生や地理学者の鮎澤信太郎先生が収集された哲学、歴史、科学・技術史研究に関する資料や古地図や古文書など、和漢洋書併せて6,600冊ほどが保存されています。蔵書の中で古いものは「新古今和歌集竟宴和歌」一巻(鎌倉時代写)で、元久2年(1205)に後鳥羽院が開催した『新古今和歌集』完成事業を祝う歌会の記録であり昨年、国重要文化財に指定されました。

2011年から3ヶ年、学内のプロジェクトとして「大学所蔵貴重資料のデジタル・アーカイブによる知的ブランドの確立」が募集されました。脳コレクションをデジタル化するプロジェクトと、学術情報センターの貴重書をデジタル化するプロジェクトの2つが採択され、私は後者のユニットリーダーとして活動しました。貴重書のデジタル化という発想は、先の震災等でも話題になった蔵書の喪失や、大学の情報公開からも必要なことと考えたからです。活動内容は、貴重書を整理分類し、デジタル化したものをデータ化していくという作業で、学術情報センターや学生達の協力を得ながら行いましたが、なにより貴重書の中身を自由に探索することができたので、ひたすら地味な作業でしたが、気分は常にワクワクしていました。それと同時に、横浜市歴史博物館では、鮎澤先生のコレクションである古地図の展覧会や、古地図に関する市民連続講座で研究成果を発表するなどの機会を得ることができ、私自身の研究と活動の幅が広がり、また、同僚の先生方から多大なご協力をいただきました。

デジタルは現物の価値に勝ることはないですが、グローバル化のなかでICTが発達した現在では、デジタルで保存・公開することの意義は絶大なものとなっています。現在プロジェクトは終了していますが、学内では引き続きデータベース化に向けた作業や検索機能の強化などが行われています。

こうした活動とともに、学術情報センターで展示ケース1台を借り貴重書の月替わり展覧会を2年のゼミ生と作っています。また、隔年毎に私とゼミ生による学術情報センター主催の市民講座を開き貴重書の紹介を行っており、今年で3回を数えます。今年は「江戸のリアリティ〜ミクロとマクロの視覚革命〜」という特別講演も行いました。貴重書からどのような時代を読み取ることができるのか、江戸時代に流入してきた虫眼鏡や顕微鏡、望遠鏡、温度計や湿度計等を描いた森嶋中良の『紅毛雑話』や司馬江漢の『刻白爾天文図解』など、蘭学者らによる貴重書を紹介しながら、これらの文明の利器は肉眼を超えた世界を人々に提供するとともに、次第に科学的根拠を求めるデータ主義を生み出していく道具にもなったと説明しながら、それまで五感にもとづく感覚的な視覚性を持っていた日本人の視覚が、これら西洋科学の影響によって次第に変化していくという様を、貴重書の画面を大写しにしながら、くずし字を読みつつ、お話しました。

自己の問題として歴史や文化を捉える考察力・洞察力を養ってほしい

松本郁代先生 インタビュー写真2

歴史というのは叙述によって組み立てられ、他者によって構築されたものですから、そこにはどうしても叙述者の意図や目的が存在し、それを読み取る解釈と読解が必要になります。「日本文化史」という授業の中では、「文化史」という枠組みにある通史的な叙述を複数取りあげ、それらの叙述がどのような歴史を土台にして日本の文化を論じているのか読み取ります。これにより文化や歴史を語る価値観の多様性を理解し、文化や歴史を語る資料の解読方法や、実際の文化財に触れることが解釈の手がかりとなることを学びます。そして、自らの足で現地や現場をできるだけ歩き、その地域の歴史的移り変わりを場所の景観や意味の変遷から捉えるように指導しています。

歴史を捉えるための考察力と洞察力を養うことが、歴史の仕組みや装置としての文化を理解するということです。

平成27年度の「日本の文化遺産」という授業では少し面白い試みを行いました。大学近隣の鎌倉を題材に、古文書読解や発掘調査の成果や県立金沢文庫の学芸員による講義を通じて、市販されている鎌倉のガイドブックをグループ毎に批評し、鎌倉の現地調査を踏まえた「学生自身の取材・研究による鎌倉ガイドブック」を制作することを課題としました。受講生たちとワイワイしながら合評会まで行いましたが、学生の個性がそれぞれ出ている面白いガイドブックが提出され、予想以上の出来映えでした。

授業を通じて感じる事ですが、横浜市立大学の学生は、問題意識をもって授業や課題に真面目に取り組む学生が多いと思います。また、金沢文庫、六浦、鎌倉と歴史的に重要なポイントが大学のすぐそばに多数ある事も、歴史を学ぶ上では絶好の環境といえます。大学の特長として、グローバルな視点を持つ国際人育成に力を入れていますが、ここで学べる事は、日本を通じた世界、世界を通じた日本という、日本を基軸に広い視野から世界と日本を理解する習慣が身につくと思います。真の学びと、その面白さは、まず自分が現在どこに位置しているのか気づくことから始まります。

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本学金沢八景キャンパスにある図書館機能を中心とした施設。本学学生と教職員をはじめ、関連機関の研究者及び企業従事者・地域住民にまで、幅広い利用者を対象に情報提供サービスを行う。一般書物、専門書、貴重書、CD・DVDなどの貸出しの他、視聴覚室、研究個室、セミナー室などを有し、申請によって利用可能。本文で紹介されている「大学所蔵貴重資料のデジタル・アーカイブによる知的ブランドの確立」は、このセンターの所蔵する貴重書を保存するという趣旨で、2011年度から大学の戦略的研究プロジェクトに採択され、2014年に基本的な貴重書の分類とデジタル化を終え、データベースとしての発展の可能性を残し一旦終了した。

編|集|後|記

お部屋を訪ねてビックリしたのが、ほとんど本に囲まれて研究されているといっても過言ではないほどの蔵書の多さ。とはいえ、松本先生の研究内容からすれば当然の事かもしれません。そんな先生は初対面の私たちにも、とびきりの笑顔で迎えてくれ、しかもバイタリティにあふれていました。聞けば学生たちも頻繁に部屋を訪れるそうで、先生の人気が伺えます。京都での長い学究生活を経て、横浜にいらっしゃった先生に横浜市立大学のロケーションについて感想を伺うと、歴史、自然含めて抜群だという嬉しい答えをいただきました。オフでの過ごし方をお聞きしたら、「猫語」の習得とのこと?どうやら飼い始めて5ヶ月目の愛猫の鳴き方にまで、研究意欲が湧いているご様子でした。

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