臨床の現場や子育て支援に役立つ
心理学の研究を目指したい

国際総合科学群 臨床心理学 准教授

平井美佳

ひらい・みか

平井美佳

「研究」と「臨床」の両輪を目指して

自己と他者の調整不全から起こる問題

 研究への道を歩もうと大学院の博士課程に進んだ頃、指導教授とは別の臨床心理学の先生から、私の研究テーマは臨床的にもとても興味深いテーマだから、臨床の現場でも仕事をするようにと勧められました。そして、精神科の病院で仕事を始めました。以来、トレーニングも受けながら臨床の仕事を続け、今も都内の心療内科のクリニックで臨床心理士としてカウンセリングの仕事もしています。
 臨床の現場では、自己と他者の調整が上手くいかずに、バランスを崩してしまった相談者も多く見られます。たとえば、自分を抑えすぎて家族や会社に尽くした結果、疲れきってしまった人もいます。このような場合には、たとえば自由に時間を使えるようになったら何をしたいかを考えてもらい、少しずつ実行に移すなど、自己の要求を肯定できるように援助しています。そして、やがて自分らしい働き方や子育てのあり方を目指して、自ら新たな一歩を踏み出していく方もいます。こうした場面に出会うとき、「自己と他者の調整」の重要さを実感し、主体的に歩み出して行かれる相談者の方々への深い敬意の念を感じます。
 自分らしくあることや個としての自立と、重要な他者との関係とその維持は、人間にとって生涯に渡って重要であり、良好な他者との関係があるからこそ人は自立できるのだと思います。私の今後の課題は、相談者の方々から教えていただいた人間の心のありようについての示唆を研究にも生かし、また逆に、私が取り組んできた研究を臨床に生かすことです。

 

専門家として取り組んでいきたい心理的支援や子育て支援

 先に述べた自分の研究テーマのほかにも、近年、専門家としても一人の市民としても見逃せない問題として、わが国の子どもの貧困問題[keyword1]に関する共同研究も行っています。人々が持っていて当たり前のものを持っていない、多くの他の子どもが享受している楽しみにアクセスできない状態を「相対的剝奪」といいますが、私たちは心理学の観点から、乳幼児の養育環境について人々のコンセンサス(合意)が低いことを明らかにしました。「社会で子どもを育てる」という意識をどのように高めていくかがこれからの日本社会の課題であり、この点に心理学研究の観点から貢献できることについて考えていきたいと思っています。
 臨床家としては、地域の保健所やクリニックでの子育て支援の仕事も始めました。子どもや家族の問題に積極的に取り組みたいと考え、家族療法的なアプローチも学んでいるところです。また、子どもたちの支援に積極的に取り組むNPO法人の方々とも関わり、心理学の観点から調査などに協力しています。このような市民レベルの活動には本当に頭が下がります。
 大学の講義ではもちろんのこと、市民の方々にも、心理学が明らかにしてきた人間の発達や心の健康についての知見を理解してもらうことが、人々の役に立つこともあると考えています。たとえば、青年期に「自分とは何か」となぜ悩むのか、重要な他者との関係がどのように影響を及ぼすのか、人々はどのようにして困難な状況を乗り越えるのか、親として発達するとはどのようなことか・・・などなど、伝えたい心理学の知見はいろいろあります。また、子育て中の家族に対しては、特に養育の主な担い手であることが多いお母さんたちが、一人で抱えすぎたり、追い詰められたりすることがないように、工夫して伝え、援助するよう心がけています。

Keyword 1子どもの貧困問題

日本の最新の相対的貧困率は、2012(平成24)年には国民全体で16.1%、18歳未満の子どもでは16.3%と史上最悪となった。6人に1人の子どもが貧困状態で生活していることになる。特にひとり親家庭の相対的貧困率は54.6%にも達しており、OECD(経済協力開発機構)によれば、この貧困率は先進国の中で極めて高いものである。

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