I はじめに |
本報告書は,前半に改革の基本方針,後半に今回の事故に関する再発防止策をとりまとめた。一人一人の医療人が患者中心の医療と安全を心がけ,附属病院が「市民が心から頼れる病院」として再生することを目指し,病院改革を速やかに実行に移す決意である。
II 抜本的な病院改革に向けて |
附属病院は,今回の事故を深刻に反省し,改めて「患者中心の医療」の理念を確認するところから再出発する。安全で的確な医療の提供を通じて,患者・家族に安心と満足を与える病院,「市民が心から頼れる病院」へと再生を図ることが,附属病院に課せられた責務である。そのために,以下の5項目を柱とする抜本的な病院改革を行う。
潜在的なリスクを洗い出して適切な対応を実行し,患者の安全を確保するため,本年4月附属2病院に事故予防委員会を発足させた。また,全職場にリスクマネージャーを任命し,インシデントやアクシデント報告を受け,これらの分析,評価を行い,事故防止のための具体策を実施する体制を整備した。なお,報告をしやすい環境づくりに努めている。
さらに医療に関する安全管理の質を高めるため,事故予防委員会の機能を吸収して,各診療科から独立した立場から各医療現場の安全管理の総監督を行い,具体的な対策を実施する医療安全管理部門を設置し,専門スタッフを配置する。
医療安全管理部門の業務は,リスクマネジメント(医療安全管理)とクオリティーコントロール(医療の質の管理)に大別される。
病院の最高責任者として,特に病院経営と患者・家族が安心・安全・満足を得られる病院運営に最善を尽くせるようにするため,病院長は専任とし,医学部教授が病院長となった場合は後任の教授を選考する。病院長の任期は3年とし再任を妨げない。
病院長の権限として,新たに病院教員の人事に関する調整,特別職診療医及び研修医に関する人事,各診療科に配分する病床数の決定,を加え病院長の指導力を高める。
病院長を補佐する職として新たに副病院長2名以内(兼務)を置く。副病院長は診療,教育,経営,医療安全管理,広報を担当し,その分担は病院長が定める。
病院長を補佐し,病院運営の基本方針を審議する機関として,新たに病院管理会議を設置する。病院管理会議は,病院長が議長となり,副病院長,管理部長,看護部長などで構成する。
患者の立場に立った医療を行うよう,医療チームを構成する全ての職員の意識改革を推進する。そのため,職員研修の際に教育・指導を行うほか,医師・教員,看護婦・士などの自己評価を行い,さらに患者からの意見を集めてサービスの向上を目指す。
医療事故防止に関するセミナー,マニュアルづくりなどへの参画などを通して安全管理への意識が高まるような教育を行う。
研修医指導部門を設置し,研修医の採用試験,研修プログラムの作成,研修医の厳格な評価(患者の意見も含む)などを行い,一貫した指導・監督を行う。当面は現在の「臨床研修医委員会」が中心となって研修医指導体制を強化する。
研修指導医に対して,目標設定,指導方法,評価についての教育を行い,研修医への指導を改善する。
入学試験で,現行の面接,小論文を充実・強化し,医学を学ぶ者の適性を重視した選抜を行う。また,学士入学制度の早期導入について検討する。
介護実習と模擬患者に対する診察実習を充実させる。
平成12年度のカリキュラムより新科目として「医療概論」を設け,安全管理,生命・医療倫理,インフォームドコンセント,心理学,コミュニケーション,医師のマナーに関する講義と実習を行い,患者の立場を重視する教育を行う。
教育のあり方についての検討会を企画・開催し,全教員の意識改革を図る。また学生による講義内容の評価制度を確立する。
看護学生の教育においては,安全管理と患者中心の医療を重視した教育を徹底するようカリキュラムの見直しをする。卒後教育のなかでは,看護の実践者としての判断力や責任感などを育成する研修を充実し,現場における指導を重視する。
看護管理者は,安全管理を重視した役割と責任を果たすために自己研鑚をしていく
部門内の職員への周知の責務は部長が負うことを明確化する。また,重要あるいは緊急の事柄については,病院長は文書により各職員に直接通達する。
院内の職員による提案制度を設ける。提案内容は随時院内に周知し,提案の質を高める。
院内広報紙を定期的に発行する。広報紙の編集には,医師をはじめ様々な部門の職員が参画し,院内コミュニケーションを活発化する。
掲示板を情報伝達手段として活用する。また,コンピュータ・ネットワークも活用する。
附属病院が「市民が心から頼れる病院」として再出発するために外部評価システムを導入する。
今回の医療事故に関する再発防止策を点検・評価するとともに,病院改革推進状況を点検・評価する。外部評価委員は10名以内で構成する。
病院の機能を,安全な医療,医療サービスの質,高度・先進医療技術などの側面から評価する。専門評価機関などに委ねる。
研究偏重になりがちな教員の評価を,教育(卒後教育も含む),研究,診療活動の3つの視点から外部評価委員会が評価する。外部評価結果を参考にして各教員は自己点検評価を行う。
病院の医療活動と教員の教育・研究・診療活動がシステムとして調和のとれたものであるかどうか総合評価を行う。
III 今回の医療事故に関する再発防止策 |
IIIでは今回の医療事故に直接的にかかわる問題に限定して,手術についての安全対策と責任体制の確立について述べる。これらは,すでに決定・実施済みの事項であるが,中長期的な課題については「今後の検討事項」として本文に別記した。
《1》 | 麻酔科医の術前訪問時においても,患者識別バンドと足底に書かれた氏名により患者確認を行う。 |
《2》 | 手術室への患者移送にあたり,病棟看護婦・士は,病棟を出る時点で患者確認とカルテ類の確認を行い,その旨を看護記録に記載する。 |
《3》 | 手術室交換ホールでは,ハッチウェイでの患者確認・受け渡し後,引き続きハッチウェイ上で病棟看護婦・士と手術室看護婦・士が1対1でカルテ類の受け渡しと申し送りを行い,双方が「確認シート」にサインする。 |
《4》 | 手術室内では,麻酔導入前に麻酔科医と主治医とで患者確認を行い,確認後双方が「手術室における患者確認書」にサインする。 |
《1》 | 病棟において麻酔前投薬を行う者(医師又は看護婦・士)は,患者確認を必ず行ってから投薬を行い,その旨をカルテ又は看護記録に記載する。 |
《2》 | 同一病棟の複数の患者の手術を同時間帯に組む場合には,それぞれ開始時間を10分ずつずらし,病棟からの移送時間も10分ずつずらす。 |
《3》 | 患者とカルテが離れないよう,ストレッチャーに「カルテボックス」を設ける。 |
《4》 | 手術室交換ホールのハッチウェイは,安全対策を徹底したうえで2台で運用する。 |
主治医は,患者に対する医療者の窓口となり,患者の種々のケアを含めた全ての医療を把握し,患者の立場に立って患者とともに病気を克服するための主たる責任を負った医師である。
主治医は,患者ごとに必ず1名とし,患者・家族にこれを伝えるとともに,カルテ及びベッドのネームカードに明示する。
大学附属病院では,複数の医師が共同して一人の患者の診療を行うグループ診療は重要な意義をもっている。そのため,グループ診療は今後も継続するが,主治医は患者ごとに必ず1名とし,「主治医グループ制」という呼称は今後使用しない。
主治医は,手術当日,手術室への移送の前に患者を訪問する。その目的は,当日の患者の状態を確認するとともに,患者とのコミュニケーションによって手術前の患者の不安をやわらげることである。
患者を手術室へ移送する際には主治医が同行する。その目的は,患者取り違えの防止や移送途中での患者の容態の急変への対応のみではなく,患者にとって重大事である手術の場所に向かうときに,その不安をやわらげることである。
実際に手術を行う医師の集団である執刀医グループの責任者は,通常は術者であるが,教育のため,職位の最上位者が術者にならない場合もある。その場合にはその上位者が責任者となる。
主治医が術者となることが望ましいが,疾患の特殊性などの理由から主治医が必ずしも術者とならない場合がある。そのような場合でも主治医は必ず執刀医グループに入る。
術者は,自分が手術をすること及び手術の内容を,患者・家族に対して事前に説明し,責任体制を明確化する。説明した内容はカルテに記録し,手術同意書の提出を受ける。ただし,術者が主治医以外の医師である場合には,主治医の同席のもとにこれを行う。
日本麻酔学会の認定を受けた麻酔指導医が研修医の指導を行う。したがって,麻酔科専任の医師(助手以上)という身分に限らず,常勤特別職診療医も麻酔指導医の資格があれば,研修医の指導を行うことができる。
麻酔科医は,患者との面談と診察を行うために術前訪問を必ず行い,「患者識別バンド」に記入された氏名を確認し,あわせて患者の身体的特徴を麻酔記録に記載する。その際,患者から麻酔同意書の提出を受ける。
なお,研修医による麻酔が予定されている場合には,研修医は麻酔指導医の同行のもとに術前訪問を行う。
麻酔科医は,手術当日にはハッチウェイまで患者を出迎え,病棟看護婦・士から手術室看護婦・士への患者引き継ぎに立ち会う。
手術室への入室後,麻酔導入前に主治医とともに患者確認を行い,あわせて血液型の照合を行い「手術室における患者確認書」にサインする。
上記の手順を終了した後に麻酔を開始する。
研修医が一人で麻酔導入を行うことは絶対にせず,必ず麻酔指導医の資格を持つ麻酔科医の指導下で行う。
手術部専任医が常駐し,情報を集約し,問題が生じた場合には直ちに手術部長などの関係者に情報を伝達できるように,手術室の管理運営体制を確立する。
手術部門運営委員会を隔月に定例開催し,手術部の運営について広く論議する。決定事項は臨床部長会及び各科代表者会議に報告し,院内に周知する。
また,手術スケジュールの調整のための手術室調整会議を手術部門運営委員会の下部組織と位置づけ,懸案事項の検討や連絡事項の伝達などの活動も行う。
心臓手術などの場合は,手術室の準備に45分程度の時間が必要であることから,担当する看護婦・士は,7時30分に出勤して対応している。このほか長時間手術への対応のため,遅出要員も確保している。
事故当時,当該病棟では深夜勤務者のうちの1人が3人の手術患者を移送するという無理な業務となっていたが,事故後は移送時間を10分ずつずらすことと,日勤者が手術にあわせて早出することで患者移送に対応している。
「 おわりに |
横浜市立大学は,ここに示した改革方針に沿って附属病院を再生し,高度でかつ安全な医療を市民に提供するとともに,次世代を担う医療人を育成する。そして,附属2病院を,真に「市民が心から頼れる病院」として横浜の地に発展させるよう努力することを教職員一同強く決意するものである。