III 「モルヒネ注射液紛失」に関する検討

1 事故の概要

 平成12年7月13日(木)午後4時50分頃,麻薬である塩酸モルヒネ注射液1箱(10mg×10本入り)が附属病院薬剤部内の麻薬金庫から紛失していることが判明した。

2 事故の事実経過等

 本委員会は,附属病院からの報告をもとに,不明な点や疑問点について薬剤部での実地調査や,薬剤部関係者に対するヒアリング調査を実施し,事故の事実経過等を検証した。その結果は,以下のとおりである。

(1) 調剤室麻薬金庫への補充

 7月5日(水)夕方に,薬剤部担当係長のXとYが塩酸モルヒネ注射液(10mg×10本入り)を,薬品管理室の金庫から調剤室麻薬金庫へ30箱補充した。その結果,調剤室麻薬金庫には合計49箱(アンプル数486本)の塩酸モルヒネ注射液(10mg×10本入り)が保管された。その際XとYの2名で在庫量の確認を行った。同注射液の49箱は,金庫内で前後2列にして保管され,紛失した箱は後列の上から3番目で,ひと目では確認できない位置にあった。

(2) その後の在庫確認

 7月6日(木)から12日(水)までの平日の夕方,担当係長Yが調剤室麻薬金庫の在庫を確認した。Yが塩酸モルヒネ注射液(10mg×10本入り)を確認した方法は一列目と端数のみで,奥の列は確認していなかった。紛失した箱は金庫の後列にあったため,この期間の在庫確認では紛失に気付かなかった。

(3) 紛失の判明

 7月13日(木)午後4時50分頃,担当係長Yが補充を受けるために調剤室麻薬金庫の在庫を確認したところ,塩酸モルヒネ注射液(10mg×10本入り)のうちの1箱が紛失していることが判明した。

(4) 紛失判明後の緊急調査

 紛失が判明した7月13日(木)から14日(金)にかけて,緊急に次のような調査を実施した。

・ 薬剤部内(個人ロッカー内,1階物流カートを含む),払い出した病棟,院内の一般廃棄物集積所について現品の捜索調査を実施したが,発見できなかった。

・ 薬剤部の払い出し簿と処方せん・台帳等との照合を実施したが,一致していた。

(5) 神奈川県衛生部薬務課及び金沢警察署への報告

 麻薬の紛失等は麻薬及び向精神薬取締法により神奈川県に届出義務があるため,7月13日(木)夜に神奈川県衛生部薬務課に報告した。また,金沢警察署にも同日夜に状況を報告した。

(6) 神奈川県衛生部薬務課による立ち入り調査

 神奈川県衛生部薬務課は7月14日(金)と7月17日(月)に,附属病院に立ち入り調査を実施した。立ち入り調査の際,本年4月以降7月13日までの塩酸モルヒネ注射液の購入・使用について,麻薬台帳,麻薬処方せん及び麻薬施用録をつき合わせ調査したが,帳簿上,問題は認められなかった。

(7) 金沢警察署による捜査

 金沢警察署は,7月14日(金)と7月17日(月)に,附属病院の現場確認と実況検分を実施した。7月17日(月)に附属病院から金沢警察署に被害届を提出し,警察による捜査が行われているが,現在までのところモルヒネ注射液の紛失原因等の特定はできていない模様である。

(8) 神奈川県衛生部薬務課からの改善指導

 7月19日(水)に,神奈川県衛生部薬務課から附属病院に対し,次のように麻薬管理の改善措置を講じるよう文書通知があった。

1  麻薬の管理については,原則として麻薬管理者が行うこと。麻薬管理者が一人で管理することが不可能な場合は,管理補助者を指名し,適切な管理が行えるよう体制を整えること。
2  麻薬金庫のかぎは,鍵のかかる場所に保管し,麻薬の出入れは,上記の者以外は行わないこと。
3  各診療科に払い出された麻薬の保管状況を把握しておくとともに,使用された麻薬について適宜請求診療科に赴いて麻薬施用録と麻薬処方せんとを照合し,使用状況を確認しておくこと。
4  「麻薬及び向精神薬ハンドブック」に基づき,病院の実情に見合った管理を確立させること。


3 麻薬管理の改善について

 附属病院の麻薬管理にはいくつかの問題点があり,このような事故の発生につながったと言える。主な問題点は,神奈川県衛生部薬務課から附属病院に対し文書通知を受けているとおりであり,すでに改善されているが,ここで改善点を改めて整理し本委員会の見解を述べる。

(1) 麻薬管理の改善点について

   ア 麻薬管理補助者について

 麻薬管理の実務は麻薬管理の担当者が行っていたが,在庫確認・受払い等の詳細なルールや担当者が不在のときの業務をどうするかなどが明文化されていなかった。そのため麻薬管理者である薬剤部長は麻薬管理補助者を指名することとし,麻薬管理補助者の役割を次のように明確化した。

a 勤務時間内は3名の薬剤師を麻薬管理補助者に指名する。3名の補助者のうち,あらかじめ決められた順位の上位の者が調剤室麻薬金庫の鍵の保持,調剤室麻薬金庫の管理,麻薬の受払い,在庫数確認等を行う。

b 勤務時間外は,当直者を麻薬管理補助者に指名する。

c aのほか,薬品管理室の薬剤師1名を麻薬管理補助者に指名し,麻薬管理者の指示を受け,薬品管理室の麻薬金庫の管理を行う。

d 麻薬管理者と麻薬管理補助者は,各科に払い出された麻薬の保管状況を把握しておくとともに,特に大量使用等の患者については,使用された麻薬について適宜請求科に赴いて診療録,看護記録等を麻薬処方せんとを照合し、使用状況を確認する。

イ 麻薬金庫の施錠について

 調剤室麻薬金庫は,「ハンドル」,「鍵」,「ダイヤル」で施錠できるが,「ハンドル」と「鍵」による施錠のみで「ダイヤル」による施錠はしていなかった。現在は必ず「ハンドル」,「鍵」,「ダイヤル」で施錠することとした。

ウ 麻薬金庫の鍵の管理について

 調剤室麻薬金庫の鍵は,管理責任者が特定されておらず,近くにある机の引出しの中に置き場所を決めて,薬剤部の薬剤師であれば,麻薬処方せんに基づいて受け払い簿に記入し,金庫を開けて受け払いできるようにしていた。

 現在は次のように改善した。

a 鍵の管理は麻薬管理補助者が行い,当直者への引き継ぎ時まで常に保持する。

b 当直者に鍵を引き継ぐ際には手渡しとする。

c 鍵の引き継ぎは,麻薬管理補助者が在庫数を確認した後,棚カードに引き継いだ者の氏名を記載し引き継ぐ。

エ 調剤室麻薬金庫内の在庫数確認について

 調剤室麻薬金庫は毎日必ず在庫数の確認を行うこととしており,その際には箱の中の薬剤も確認して全数の確認をすることを前任者からYに引き継いでいたが,Yは塩酸モルヒネ注射液(10mg×10本入り)については一列目と端数のみを確認しただけで,奥の列は確認していなかった。調剤室麻薬金庫内の在庫量が多すぎて,ひと目では確認できない状況もあったが,薬剤部の担当係長として職員に対して範を示すべき立場にありながら,職責への自覚が足りず職務怠慢と言わざるを得ない。

 現在は,次のように在庫確認の方法を明文化した。

a 当直者との引き継ぎ時に在庫数の全数確認を行う。

b 調剤室麻薬金庫内の麻薬は1列とし,確認しやすい配置とする。

(2) 麻薬管理の改善に関する本委員会の見解

 附属病院における麻薬管理の改善は,神奈川県衛生部薬務課からの指導や「麻薬及び向精神薬ハンドブック」の記載内容に照らして,十分な水準にあると考えられるが,麻薬管理業務を職員一人ひとりが着実に実施するように,薬剤部内や安全管理担当などによる定期的な点検を行うとともに,麻薬の払い出し後の使用状況のチェックも行うべきである。

ア 麻薬金庫について

 麻薬金庫として使用しているダイヤルロック式の金庫は,開閉が面倒であるため盗難に対しては有効だが,開閉が多く担当者が交代する麻薬管理ではダイヤル操作が面倒な分だけダイヤルを使わなくなり,安全管理が徹底できない恐れがある。そこで,使い勝手がよく安全性も確保できるカードロック式の金庫への切り替えを検討すべきである。さらに,薬剤部への出入りと金庫の開閉をIDカードによるセキュリティシステムにすると,開け閉めの記録がとれ,経過もわかるので安全性は高まる。

イ 職場環境の改善と在庫管理の適正化について

 調剤室,薬品倉庫,払い出しホールなど薬剤部の職場全体として雑然としている。職員動線の工夫,在庫管理の改善,適正在庫量の再検討,など,5S(整理,整頓,清掃,清潔,躾)レベルの改善が必要である。

4 事故の原因解明について

 塩酸モルヒネ注射液紛失事故の原因は,盗難,いやがらせ行為,破損隠しなどが考えられるが,病院からの報告や関係者のヒアリング等からは明らかにできなかった。本委員会の性格から,これ以上の原因解明は困難と考える。

 なお,現在,警察による捜査が行われているが,本委員会としてもその経過を見守っていきたい。