II 「薬剤ラベル貼り付けミス」に関する検討


1 ミスの概要及び対応の経過

 平成12年6月28日(水)午前12時頃,附属病院泌尿器科を受診した外来患者さん(70歳代 女性)に対し,同病院薬剤部において交付した薬剤のうち,外用消毒薬(0.025% ジアミトール水)に,誤って内用薬用のラベルを貼り付けて交付した。

 当該患者さんの附属病院泌尿器科初診は平成7年6月であり,同年10月から泌尿器科で導尿カテーテルにより自分で導尿を行うための指導を受け,以後毎月1回程度受診していた。受診の際には,カテーテルの支給を受け,カテーテルを消毒するための外用消毒薬のほかいくつかの薬剤の処方を受けていた。

 6月29日(木)午後3時頃,患者さんのご家族から附属病院薬剤部に「消毒薬に飲み薬のラベルが貼ってある,消毒薬を飲んだらしく気持ちが悪いと言っている」旨電話連絡があった。電話を受けた薬剤部は泌尿器科医師と連携し,医師が電話連絡し容態を確認するとともに,薬剤師が数回患者さん宅を訪問して,謝罪・容態確認・消毒薬の身体への影響説明・病院の受入れ体制の説明等を行った。患者さんが消毒薬を飲んだかどうかについて,はじめは確認できなかったが,7月3日(月)夜,泌尿器科医師が電話連絡し「口に含んだが,味が悪かったので吐き出し,うがいをした」との確認をした。


2 ミスの事実経過及び原因等について

 本委員会は,附属病院からの報告をもとに,不明な点や疑問点について薬剤部での実地調査,薬剤部関係者に対するヒアリング調査等を実施し,ミスの事実経過,原因及び問題点を検証した。その結果は,以下のとおりである。

 なお,それぞれの項目について,事実経過を「囲み」で示し,そのあとに原因と問題点を記載した。

(1) 薬袋・ラベル作成

6月28日(水)午前11時45分頃,薬剤師Aが処方せんに基づき薬袋とラベル作成のためコンピュータ入力を行った。 処方されていた薬剤は4種類あった。このうちの外用薬(ジアミトール水)のラベル作成にあたって,外用薬用ラベルのコード番号は「46」であるにもかかわらず,誤って内用薬ラベルのコード番号「44」を入力したが,Aは画面と処方せんの照合確認を十分に行わなかった。

 Aが入力した内容について,画面と処方せんを十分に照合確認しなかったことは明らかであり,業務に対する集中を欠き自らの職責を怠った。コード番号が似ていてコードの入力が間違いやすかったこともミスの要因の一つであった。

 この時間帯に外来調剤業務を行っていた薬剤師は4名で,このうちの誰が入力したかは書類上の記録がないが,附属病院の調査によればこのうちのAが入力したものと推定している。

(2) 調剤

 薬袋とラベルが作成された後,薬剤師Bが処方せんに基づき,薬剤の調剤を行った。調剤の際,誤って作成されていた内用薬用のラベルをそのまま消毒薬に貼り付けた。

 薬剤師Bは,ラベルの表記内容についての確認が不十分であったため,内用薬用のラベルが誤って作成されていることに気づかず,そのまま消毒薬に貼りつけた。Bは業務に対する集中を欠き自らの職責を怠った。作成された内用薬用のラベルには内用薬であることの明確な表示がなく,用紙の色も同じであるなど,ラベルの違いがひとめでは分かりづらいこともミスの要因の一つであった。

(3) 鑑査

 薬剤師Cが,調剤が終了した薬剤が処方に従って正しく調剤されたか鑑査した。鑑査の際,内用薬用のラベルが誤って貼り付けられていることに気づかなかった。

 薬剤師Cは,鑑査の際にラベルの表記内容についての確認が不十分であったため,内用薬用のラベルが誤って貼りつけられていることに気づかなかった。Cは業務に対する集中を欠き自らの職責を怠った。

 附属病院の調剤業務においては,従来から今回のようなミスを防ぐために薬剤鑑査というシステムを取り入れていた。その内容は,附属病院の調剤マニュアルによれば,(a)処方せんの内容の鑑査,(b)薬袋・ラベルなどの選択及び記入事項の点検,(c)調剤薬の鑑査,である。早くからこのようなチェックシステムを取り入れてきたが,今回このようなミスを防げなかったことは,薬剤鑑査業務が機能しなかったものである。

(4) 薬剤交付

 同日正午頃,薬剤師Cが処方された4種類の薬剤を患者さんに交付した。このうち,外用消毒液(0.025% ジアミトール水)に誤って内用薬用のラベルが貼り付けられていたが,そのまま交付した。

 Cは,薬剤交付の際に前回(5月)の処方内容と同じであることを患者さんに対して説明しただけで,薬の内容確認を行わなかったため,ラベルの誤りに気付かなかった。当時の調剤マニュアルには,引換券番号と名前の確認と必要に応じて服薬指導をすることは義務付けていたが,薬の内容確認は義務付けていなかった。


3 ミスの再発防止策について

 附属病院は,前記2の問題点を改善しミスの再発を防止するため,事故後直ちに次のような改善を行った。本項では,附属病院が実施した再発防止策を整理し,本委員会の見解を述べる。

(1) 再発防止策

 同様のミスの再発を防止するために,附属病院薬剤部において実施している対策は,次のとおりである。

a 薬袋・ラベル作成のためのコンピュータ入力後,入力者とは別の薬剤師が画面と処方せんを照合確認し,処方せんの備考欄に入力者と確認者のサインをする。

b ラベルの使用は内用水剤のみとし,外用薬はすべて赤色の薬袋を使用する。

c  調剤の各過程におけるチェックリスト表を作成し,使用する。

d 薬剤の交付時に,患者さんとともに薬剤確認を行う。

(2) 再発防止策に対する本委員会の見解

 本委員会は,前記の再発防止策は概ね妥当なものと考えるが,個別の再発防止策に対する委員会見解を次のとおり報告する。なお,再発防止策の実施状況を随時チェックし,職場全体での評価と見直しを継続していかなければならない。

a 薬袋・ラベル作成時の二人の薬剤師による確認が形式的にならないよう,薬剤部内や安全管理担当などによる定期的な点検が必要である。また,二人目の薬剤師がチェックするときには,業務を中断してチェックに来ることのないようにして,他の業務にミスが発生しないように注意する必要がある。

b 外用薬用のラベルを廃止したことは,ラベルの取り違えというミスの発生する可能性を根本から断つという対策であり,評価できる。

c 薬袋・ラベル作成,調剤,鑑査という調剤の各過程においてチェックリスト表による確認をすることは,薬剤,患者名等の取り違え等を防ぐために有効と考えられる。ただし,自分が失敗してもあとの人がチェックしてくれる,ということでは気が緩んでしまうので,チェックの項目ごとに誰に責任があるかを明確にしておくことが必要である。また,チェックリストによる確認が形式的なものとならないよう,薬剤部内や安全管理担当などによる定期的な点検と見直しが必要である。

d 薬剤を交付する際に患者さんとともに薬剤確認をすることも重要だが,必ず袋から出して薬剤を示し,以前の薬と違うかどうか,どこが違っているかなどの説明を丁寧に行うことが最も重要である。特に高齢者に対しては丁寧にわかりやすく説明しなければならない。また,口頭での説明だけでなく,処方した薬剤の名称・用法・用量・効能・副作用等に関する情報を文書により提供することも検討すべきである。


4 ミスの背景要因と課題について

 本委員会は,附属病院からの報告や薬剤部関係者に対する個別ヒアリング調査のほか,専門的な立場から心理学的なアンケート調査を行うなど,ミスの背景要因についての検討を行った。その結果は,以下のとおりである。

 なお,資料2にミスの背景要因について図示したので,あわせて参照されたい。

(1) システム上の問題

a 薬袋・ラベル作成システムが使いづらかった。

 附属病院で使用している薬袋・ラベル発行システムには次のように非常に使いづらいシステムであった。

・ 内用薬と外用薬のラベルのコード番号が似ていてコードの入力が間違いやすい。

・ 薬品名・用量などを入力しても,自動的に薬袋・ラベルが選択されない。

・ 外用ラベルを選択しても,次の項目で外用にはない内容を選択できてしまう。

・ 作成したラベルの違いがひと目では分かりづらい。

・ 入力卓の場所と印字されて出力される場所が離れていて,確認しづらい。

 附属病院では平成13年1月に医療用コンピュータシステムの更新を予定しており,これに合わせて医師の外来処方入力を直接調剤室の薬袋・ラベル作成システムに反映させ,薬袋・ラベル作成の自動化を計画している。この計画は,今回のようなミスを防ぐためには有効であり,業務の効率化も図られると評価できる。しかし一方では,電算システムに頼り業務への注意がおろそかになる危険もあるため,調剤業務での確認行為の重要性がますます高くなることを銘記すべきであり,鑑査業務への新たな工夫も必要と考えられる。

b マニュアルの不備があった。

 附属病院の調剤マニュアルには,調剤のそれぞれの過程で確認行為をすることを義務付けてあり,具体的な確認項目も明示していたが,次の事項についてはマニュアル化していなかった。

  なお,これらは現在マニュアルに明記し改善している。

・ 薬袋・ラベル作成の詳細で具体的なマニュアルがなかった。

・ 薬剤を交付する際に,患者さんとともに薬剤の確認をすることを義務付けていなかった。

・ チェックリストによるチェックを行っていなかった。

c 職務に対する自覚を高め,緊張感を持続させるための工夫が足りなかった。

 附属病院では,本年5月15日から外来処方を原則院外とした。そのため,従来は1日あたり600〜700枚あった外来処方せんの院内での処理枚数が,約50枚程度となった。

 従来は,薬袋・ラベル作成,調剤,鑑査,薬剤交付という調剤の各過程を完全に分業で処理していたため,外来担当の薬剤師はそれぞれ一つの業務を分担していたが,5月15日以後は,外来担当薬剤師は時折来る外来処方せんに対応するほかは,外来調剤以外の業務にたずさわることが多くなった。

 こうした中で,今回のミスに関与した薬剤師が,その職責を自覚し常に緊張感をもって業務を遂行するための努力を怠ったために,このようなミスを防ぐことができなかったものである。

 再発防止策として,入力時の二重チェックやチェックリストの導入などによりミスを発見するための対策は実施したが,職務に対する自覚を高め,緊張感を持続してミスを起こさないようにするための取組が今後の課題である。


(2) 組織管理上の問題

a ヒアリング等から得られた薬剤部の職場の問題

 本委員会の個別ヒアリングやアンケート調査の結果から,薬剤部には次のような職場としての問題があり,今回のミスの背景にはそれらが関与していることは否定できない。ここでは問題点を掲げるに止め,改善のための提言は?で述べる。 

・ 定例的なミーティングは行っていたが,管理職員からの一方的な報告が主であり,他の機会にも業務上の問題について話し合われることは少なく,薬剤部内のコミュニケーションは不足していた。アンケート結果からも,コミュニケーションの不足と消耗感,不注意度との関係が裏付けられている。

・ 管理職員の間でも休暇の連絡が徹底していないなど,管理職員同士のコミュニケーションも不足していた。

・ 管理職員に対して不満を感じている職員が少なからず存在しており,管理職員の職場管理の仕方に問題があった。

・ 業務分担や配置換えについての不満が多く聞かれ,職員の不満に対する管理職員の対応が不十分であった。

・ 職員の配置の仕方などから,調剤が軽視されていると感じている職員もおり,調剤が薬剤部における基本であるとの認識が薄くなっていた。

・ インシデント報告については,どのような場合に提出するかの不徹底や提出しにくい雰囲気があり,件数も他部門に比べて少なく,安全管理についての認識が十分に浸透していなかった。

・ 新採用職員に対する職場教育の方法が確立されていなかった。

b 病院としての管理の問題

 前記aのように薬剤部には職場としての問題があったが,病院としての管理にも次のような問題があった。改善のための提言は?で述べる。

・ 薬剤部の職場の雰囲気,コミュニケーションの問題などの職場実態に対して有効な対策をとらなかった。

・ インシデント報告の件数が少ないこと等を認識していたが,適切な指導を行わなかった。