辻寛之先生写真

花咲かホルモン・フロリゲン

研究が切り開く未来


国際総合科学部 理学系 生命環境コース 木原生物学研究所 准教授

辻寛之(つじひろゆき)Hiroyuki Tsuji

フロリゲンの切り開く未来

フロリゲンと受容体の働きを可視化

辻寛之先生 インタビュー写真1

先ほど、フロリゲンが花芽を作らせたり、ジャガイモを作らせたりするという発見について話をしましたが、この発見のことをより深く理解してもらうためには、受容体の存在に触れておく必要があります。実はフロリゲンはそれ単体で働くものではありません。フロリゲンはある時期になると、花を咲かせるために葉の先端から茎の先までの長距離を移動するのですが、茎の先端の花のできる部位の細胞に到達すると、そこにはフロリゲンを受け入れる受容体が待っているのです。14-3-3と呼ばれるこの受容体はタンパク質の1種で、フロリゲンと合体し、さらにもうひとつのタンパク質(OsFD1)とも結合して巨大な複合体となり、この状態ではじめて花を形成するたくさんの遺伝子の発現を活性化させるという作用を引き起こします。こうした複合体によって機能の発現が起こることを解明できたということも研究の成果であり、ひとつの大きな発見です。

さらにもうひとつ、世界唯一の顕微鏡実験系を駆使して成功したのが、フロリゲンと受容体の可視化です。これは遺伝子組み換えによって光るフロリゲンをつくれるイネを開発し、そのふるまいを顕微鏡下で見えるようにしたのです。これをイメージングといいます。この他にも次世代シーケンサーという先端的な解析装置を駆使し、ゲノム機能の変化や花芽の形成の過程を解明しはじめています。

フロリゲンがもたらす可能性について

辻寛之先生 インタビュー写真2

フロリゲンの研究で期待されていることには、生命の基本的な仕組みの理解だけでなく、将来の農業への貢献もあります。この実現性のお話をしたいと思います。私は、フロリゲンを使って人類の食糧危機に貢献できる可能性としては3つの方向性があると考えています。

1つめは悪い環境がやってくる前に花を咲かせて実を付ける方法です。例えば寒い北国で、寒さに耐えられる品種を作り出せない場合、寒くなる前に花が咲いて収穫できる品種を作る戦略をとります。このためには、その作物の中でも花が咲く時期が早い系統を持ってきて、その過程でフロリゲンの性質を分析し、交配や遺伝子組み換えが実際にできる状態まで持っていければいい訳です。2つめはジャガイモなどがそうなのですが、フロリゲンが地下茎にも影響する性質をコントロールして、本来は特定の季節にしか作れないものを1年中作れるようにすることです。そして3つめが新しい品種を作る時です。すばらしい特性を持った品種が2つあったとして、それを交配したいけれども花が咲く時期が違ってできない、といったときに、段階的なフロリゲンの制御でしっかりと交配できるような新しい2つの品種をつくり出す、といったことができるようになる可能性があります。

ただし、これらは交配するにせよ、遺伝子組み換えを行うにせよ、フロリゲンの研究を活かすためには必ず遺伝資源(Keyword-2)が必要になります。ですので、遺伝資源はとても重要な要素です。その意味でも遺伝資源の豊富な木原生物学研究所はフロリゲンを役立てる意味でも重要な拠点になると思います。

もうひとつはフロリゲンの研究を役立てる際には、関連するさまざまなプロフェッショナルの人たちの力が必要なことが挙げられます。大学の任務である根本的な発見、すべての基礎となる研究の成果を、現場で活躍するプロフェッショナルの方々が生かしてくれます。研究をしていて常々思うのは、農業の現場で働く人たちの技術力や感性は凄いものがあるということです。実際にフロリゲンの研究が農業の現場に貢献するためにはこうした方々との協力は不可欠です。

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生命のもっとも重要な側面は多様性である。多様性があれば、病気の蔓延や悪環境に対抗して生き残れる個体が集団中に存在する可能性が高くなるので、種が絶滅するリスクを減らすことにつながる。生命の多様性、すなわち遺伝子の多様性はまさしく資源そのものであり、遺伝資源と呼ばれる。例えば今われわれが食べているバナナは、以前食べられていたものとは違った系統である。従来の系統は、ある病気によって一度全滅しており、その際にその病気に絶えうる別のバナナの繁殖を成功させ、全滅した種に代えて食べられるようになったという事実がある。このケースでは、病気に耐えられるバナナの系統を多様性の中から探し出し、人類が遺伝資源として活用したといえる。

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