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統計学が病気を減らし
医療を進化させる


医学部 医学科 臨床統計学 准教授

田栗正隆(たぐりまさたか)Masataka Taguri

自分に向いている学問、それが統計科学でした

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田栗正隆(たぐりまさたか)

准教授
医学部 医学科 臨床統計学
大学院 医学科 臨床統計学

東京大学医学部卒、同大学院にて博士号取得(保健学)。2011年に日本計量生物学会奨励賞を受賞。専門は生物統計学、疫学、予防医学。生物統計学を基礎として医療技術、医薬開発などに貢献する数々の研究を行う。2016年からは最先端の設備を擁する横浜市立大学次世代臨床研究センター(Y-NEXT)を拠点とし、ますますの活躍が期待される。

野球少年が生物統計学者になるまで

高校時代、私は硬式野球部に所属し、野球に明け暮れる日々を送っていました。やがて、進路を選ぶ時期にさしかかり思案したのですが、体を激しく使うスポーツをやっていたせいか、まず自分が興味を持ったのは、人体の内部構造ってどうなっているんだろう?ということでした。そうしたことからスポーツ生理学などの分野に進もうと考え勉強した結果、大学の医学部で学ぶこととなりました。

授業では、いろいろなことを体験したのですが、実験や実習が自分は苦手だったようで、ピペットの使い方ひとつをとってもうまくできないことがありました。そのようなとき、選択肢の中にあった健康科学コースという学びの中に「生物統計学」があることを知り、これは自分に向いているのではないかと、ピンときたことを覚えています。思えば、私の父も統計学を専門としていましたし、自分自身も幼少時から野球の打率計算などを好んで行っていたからかもしれません。

本格的に統計学の道に進み、微積分や線形代数など基礎的な数学の知識やデータ解析手法の理解、それを応用するノウハウ、さらに疫学を含む社会医学の要素やプログラミングの技術など、求められる素養が非常に多いことを知りましたが、やはり自分には合っていたようで、順調にキャリアを積むことができたように思います。

大学、大学院はいずれも医療系で、人体についての興味も相変わらずだったので、自然と統計学の中でも「生物統計学」が主な研究分野になりました。生物統計学は、医学・生物学の分野に特化した応用統計学の一大分野で、欧米では多くの研究者が存在しており、研究予算も日本に比べて遥かに充実しています。逆に言えば、これからの日本で非常にニーズの高い学問になるであろうという確信がありました。

臨床研究に寄り添う統計学の手法とは

生物統計学について、もう少し詳しくご説明しましょう。この分野の目的は、「医学・生物学領域に特有の問題を解決するための方法論を提供する」ことにあり、その方法論に統計学を用いることです。特に医学系の研究では、統計学は非常に重要なツールとなります。なぜならば、医学は主に人を対象としているわけですが、当然人を対象とした実験研究には大きな制約があります。基礎研究などではラットなどの動物を使い実験を行いますが、精度の高いデータが取りやすいように実験環境を制御することができます。しかし、より研究が進み、患者さんを対象にした臨床試験(Keyword-1)の段階になると、実験環境を一定にするということは難しく、人それぞれの個人差や、データを取ったときの状況などによって、結果にはどうしてもばらつきが生じます。(ラットでの実験でもこうしたばらつきは散見されます。)こうしたデータのばらつきの中には、人それぞれの状態や個人差に起因するばらつきと、治療効果によるばらつきが混在するため、治療の効果だけを正確にはかることが難しくなります。この場合、個体差によるばらつきをノイズと呼び、治療効果によるばらつきをシグナルと呼ぶことがあります。ここで検出したいシグナルである治療効果を正しく評価するために、生物統計学の手法が非常に有用となるのです。専門的には、分散分析という手法においては、全体でのデータのばらつき(偏差平方和)を求め、それをシグナルとノイズに分解し、その比によって治療効果の有無を判断する、といったことが行われます(図参照)。また、ノイズの方も無視してよいものではなく、場合によっては誤差やノイズに含まれる部分が本質的に重要なことにもなりえます。ノイズに含まれる部分をさらに分析していくことによって、ある医薬品がどのようなタイプの人にどのような作用を及ぼすか、どのような状況でどのような効果や副作用を見せるか、といった個別の評価に直結するからです。

近年見られる遺伝子治療など最先端の研究が進むにつれ、生物統計学の手法は治療、術式、医薬品の開発などのあらゆる研究シーンで必要とされていくはずです。すでにアメリカでは統計学者は人気職業の10傑に入っているほどです。現在の日本において、横浜市立大学は生物統計学研究に適した環境があり、そのことに感謝するとともに、人材を輩出していくという使命感を感じています。

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新しい薬や治療法、医療器具などの開発にあたっては、動物実験をはじめとして、その効果や安全性についてさまざまな検証が行われるが、最終的には人に効くかどうかを実際に確かめなくてはならない。そこで大学病院などでは、当該の治療法の開発や薬の設計時に想定した症状に当てはまる患者を対象に、その治療法や薬を実際に使用してテストをしていく。こうした人を対象とした実験研究が臨床試験であり、医薬品の開発などでは、この結果が良好であることは認可の際に必須の要件となる。臨床試験には統計家が計画段階から参画することが必須とされており、適切な計画や解析のための方法論開発を含めて統計学が貢献する余地はますます増えていくと予想されている。

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