vol.11 クリエイティブに問題を解決できる看護師の育成を目指しています 医学群 老年看護学 教授 叶谷 由佳(かのや・ゆか)

 vol.11 クリエイティブに問題を解決できる看護師の育成を目指しています 医学群 老年看護学 教授 叶谷 由佳(かのや・ゆか)

看護師次第で患者さんは幸せにも不幸にもなる

学生の小さな気遣いが、ある患者の最期を大きく変えた

叶谷 由佳(かのや・ゆか)
医学群 老年看護学 教授
  • (学部)医学部 看護学科
  • (大学院)医学研究科 看護学専攻
専門分野は、褥瘡(床ずれ)のケアなどの高齢者ケアに関する研究、地域連携、高齢者施設の管理、看護管理の変化が与えた影響の研究など。高齢者ケアや看護管理に関する著作多数。

 十数年前、私は看護の指導をしていた学生たちを、病院の実習に連れて行きました。そこで学生の一人がマンツーマンで受け持ったのは、末期の舌がんの患者さんでした。手術した顔をマスクで覆い、痛みと恥ずかしさからか手でマスクをいつも押さえて、寝たきりで静かに余生を送っているという女性でした。
 ある時、その学生が患者さんの病室の環境整備をしたというので、確認に行ったところ、あ然としました。環境整備とは、ベッドの周辺などをきれいに整えることで、難しいことではありません。ところが全然できていないのです。湯のみの茶渋はそのままで、手鏡も汚れたまま。黒ずんできたマスクさえ交換していませんでした。「患者さんの立場に立って考えなさい」と、私は学生にやり直しを指示しました。
 そう言われた学生は、必死に考えたのでしょう。湯のみや手鏡をきれいにしただけでなく、病室の窓を拭き始めたのです。そこは高層階の病室でした。ずっと寝たままの患者さんに、素晴らしい景色を見てもらおうとしたのです。
 すると翌日から、患者さんに変化が起こりました。自ら起き上がり、鏡でご自身の顔を見たりするようになりました。そして、外の景色を見ているうちに「家に帰りたい」と言い出しました。その希望をかなえるための残された時間は、患者さんには多くありません。帰宅の実現に向けた看護計画を、何度も何度も学生に立てさせて、「飲む薬の量を減らせないか」と私も学生と一緒に担当医に相談しました。
 実習期間が終わり、その患者さんを引き継いだ看護師から後日、がんが食道に転移してお亡くなりになったことを聞きました。でも、なんとか望み通り帰宅できて、患者さんは大変お喜びになり、まもなく家族の前で最期を迎えられたそうです。「ご本人は本望でしたでしょう」と看護師は知らせてくれました。
 学生は、環境整備の意義はもちろん、それ以上のことを学んだと思います。看護師の小さな気遣いが、患者さんのQOL(生活の質)さえも大きく変えていく。患者さんが幸せになるのも不幸になるのも、看護師次第なのです。その学生はその後、大学院に進み、現在は産業保健師として活躍しています。


病院の経営までをも左右する看護のマネジメント

 私がこれまで多く研究してきたのは「看護管理」です。看護部長などの責任者やリーダーのことを看護管理者と呼びますが、質の高い看護を提供するには、看護管理者の役割がとても重要です。1人の看護師が一生懸命に仕事をしているだけでは効果は薄く、チームとして看護に取り組まなければならないのです。
 「マグネットホスピタル」という言葉があります。患者さんから支持され、看護師の離職も少ない、まるで磁石のように人を引き付ける病院のことです。そのような魅力的な病院づくりには、看護管理が大きなカギを握っていると考えて、私はかつて北海道内の3つの病院で、看護師として活動しながら調査研究を行いました。
 調べたのは、看護管理者の方針、看護内容、看護師の職務満足度です。どの病院もそれぞれ個性を持ちながら魅力的で、看護管理者もしっかりしていました。共通していたのは、経営者である院長が看護部の自主性を尊重していたということです。
 現に、看護師の人数や人員配置などによって、病院が受け取る診療報酬の額は変わってきます。看護のマネジメントが、病院の経営までをも左右するのです。私が研究を進めていく過程でも、病院を改革していった凄腕の看護部長さんと知り合うことができ、刺激を受けました。
 また、患者さんに効果的なケアを行うための実践的な研究も進めてきました。例えば、白癬(はくせん=白癬菌によって起こる皮膚感染症)が全身にできた患者さんに看護師が薬を塗るのは、非常に時間がかかります。そこで、ある高齢者施設で、使い終わった茶殻を入浴時に患者さんの浴槽に入れてもらいました。
 すると、緑茶に含まれる成分によって、患者さんの白癬が改善されたのです。そしてそれは、高齢者施設にとって看護師や介護職の負担が減るだけでなく、薬のコストも減らすことができ、経営改善につながったのです。