ナビゲーションをスキップして本文へ
  • English
  • 日本語
  • 簡体中文
  • 繁体中文
  • Korean
  • 通常版
  • テキスト版
  • 交通・キャンパス案内
  • 資料請求
  • お問合せ
  • サイトマップ

研究者検索

大学紹介


ここから本文

HOME > 大学紹介 > 卒業生インタビュー22 - 佐野 元産 氏

卒業生インタビュー22 - 佐野 元産 氏



佐野元産氏は帰郷後、富士山本宮浅間大社(ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ)門前町にある食の横丁「お宮横丁」の事業を立ち上げました。これがやがて「まちおこし」にもつながり、富士山の世界文化遺産登録も追い風となって、今では年間13〜14万人もの人が訪れているそうです。学生時代の思い出やまちおこしに至るまでの経緯についてお話しいただきました。

体験を蓄積しながらテーマを追求していた学生時代

大学時代は「せっかく海の近くにいるのだから」と思い、ダイビングを始めたところ、ものすごく夢中になりました。そのおかげで、学内だけでなく学外の友人や社会人の先輩とも広く交流し、学業・趣味ともに充実した毎日を送ることができました。

当時、さまざまな体験を重ねていくなかで「人はどんなものに興味を持つのか」、「どうしてそこに集まるのか?」ということをよく考えていたのですが、今振り返れば、これが卒業後の考え方の礎になっているのかもしれません。大学時代に人と自然に恵まれ、たくさんの貴重な経験ができたことは私にとって大きな喜びです。今でも横浜は大好きで、第二の故郷だと思っています。

自分の仕事を活かし、まちのシンボルとともに生きる決意

私の故郷の静岡県富士宮市は、富士山本宮浅間大社の門前町として栄えたまちです。古くから富士山を祀る浅間大社は、全国1300余社ある浅間神社の総本宮で、かつては富士山信仰の拠点として登山者や観光客で賑わっていました。ところが、Uターンで故郷に戻ってみると、まちの商店街は「シャッター街」となりつつあり、幼い頃に親しんだ門前町は元気がなくなっていたことに、とても不安を覚えました。

私の父は「株式会社きたがわ」という会社を経営しており、北川製餡所という所で菓子材料の「あんこ」を作っています。その会社で私は専務という立場で、製造や販売の現場はもちろん、営業から経理、人事まであらゆる業務に携わっています。帰郷してからずっと日々の業務に追われながらも、活気が薄れてきたまちを何とか元気にしたいという気持ちがあり、家業にも関連した「食」をベースにした賑わいスポットをつくりたい、きっとつくれると思っていました。

数年後、縁あって大社前の敷地を200坪ほど取得することができました。これをきっかけに「以前から父とともに描いていた想いを形にする時が来た」と思い、新規事業に投資することを決めました。そして、伊勢神宮内宮前の「おかげ横丁」を参考にして、門前町の趣を活かしつつ土産物店や飲食店が連なる「お宮横丁」をつくり上げ、2004年にスタートさせました。これがいろいろなメディアに取り上げられて話題となり、観光客が増えて結果的に富士宮の「まちおこし」にもつながっていきました。

「お宮横丁」は、家業にちなんだ甘味・ジェラート店をはじめ、名物の富士宮焼きそば、ニジマスなどの地元のグルメや土産物店など、8店舗が集う小さな食空間です。参拝に来られた方や商店街で買い物をされた方など、誰もが気軽に足を休めて一息つける場所、しかもそこで美味しい物を食べられたら…という思いを込めて、門前町の風情と安らぎを感じられる空間を目指してつくりあげました。

公的資金に頼らず、自社の責任で実施

まちづくりや地域振興事業には、いろいろな手法があると思います。当社がこの事業に成功した秘訣を挙げるならば、自由な発想とそれを受け入れてくれる土壌があったこと、すべて自分たちの責任で行うことを明確にしたこと、そして公的資金を頼りにしなかったことだと思います。

どんな事業でも新たに取り組むには、それなりに資金が必要です。このような地域活性化につながる事業であれば、公的な補助金というのもあるので、それでまかなっていく方法もあります。しかし、税金を使うということはそれだけ責任も伴いますし、何かやろうとすると、その都度関係各所にお伺いを立てなければならず、審査にも時間がかかります。

当社は、「公的資金に頼らず自己資金で進めれば、やりたいことを好きなようにやれる」という考え方でした。その代わり資金繰りも含め、すべてを自己責任として引き受けたわけです。

まちづくりについての良い方法が何なのか、これだと言い切れるものはないと思います。まちの事情によっても事業内容によっても異なるでしょうし、その手法や考え方もいろいろありますので、「お宮横丁」の成功は、民間企業が手がけた一つのケースとして認識してもらえると良いと思います。

自社の命運をかけて臨んだ新事業

「お宮横丁」の事業は、「まちづくり」や「まちおこし」などという大層なことを掲げて立ち上げたわけではありません。最初はあくまでも一企業としてのチャレンジで、「これでダメなら仕方がない」といった、いわば背水の陣で臨んでいました。本業の製餡業に関連づけて始めたことでしたので、賑わいの復活事業は仕事の延長というよりも、仕事そのものでした。まちの衰退で私の会社も「このままで食べて行けるのか?」と大きな危機感を持ってチャレンジしていた時期でしたから、「必ずうまくいく」と信じ込んで、体力と若さに任せて必死に動いていました。

立ち上げまでは、時間のやりくりが一番の難点で、とにかくできるだけのことを同時進行でこなす日々が続いていました。ようやくオープンにこぎつけた当初は、まさに大変な状況でしたが、家族をはじめ、スタッフや周囲の理解と協力があって乗り切れたと思います。

「お宮横丁」のスタートから今年で10年になりますが、思い切って決断し、やって良かったと思っています。やらなければ何も変わらなかったし、もしやらなかったらどうなっていたのかを考えたら、正直怖いくらいです。「お宮横丁」をこれからも発展させたいと思っていますし、今後もさまざまなことにチャレンジしていきたいと思っています。

私はこれからも、子供たちが将来、誇りを持って好きだと言えるようなまちにするために、自分にできることの責任を果たしていくつもりです。

後輩たちに、ひとことメッセージ

今は情報があふれているため、進路や生き方に迷う学生さんも多いと思いますが、信念を持って決断し、やり続けてください。楽しくなるのはそこからです!




佐野 元産(さの もとうみ)氏 プロフィール

1990年商学部卒業。東京の食品会社に約6年半勤務したのち、静岡県富士宮市に帰郷。父親の経営する製餡所で、営業から総務まであらゆる業務をこなすほか、2004年に立ち上げた富士山本宮浅間大社門前町「お宮横丁」の管理運営にも携わり、地域活性化に奮闘している。

(経営企画課広報担当)

この記事の要約は広報誌whistle vol.24にも掲載されています。

  • 大学の理念
  • 大学概要
  • 法人情報
  • 大学広報
  • YCUサポート募金
  • 採用情報
  • 関連サイト

ページトップへ