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卒業生インタビュー08 - 関野吉晴氏

人類のルーツを追った南米からアフリカまでの旅「グレートジャーニー」を達成した探検家であり、医師でもある関野吉晴さん。今回、海外への強い関心を持つ、海外事情研究部の学生がお話を伺いました。

プロフィール

せきの よしはる
1949年生まれ。 東京都出身。
1975年一橋大学法学部卒業。1971年からアマゾン川を中心に南米の旅を重ねる。
1982年横浜市立大学医学部卒業。
医師(外科)となって、武蔵野赤十字病院、多摩川総合病院などに勤務。1993年からは、アフリカに誕生した人類がユーラシア大陸を通ってアメリカ大陸にまで拡散していった行程を、自らの脚力と腕力だけをたよりに遡行する旅「グレートジャーニー」を始める。足かけ10年の歳月をかけて、2002年2月10日にゴール。2004年7月からは「新グレートジャーニー 日本列島にやって来た人々」をスタート。1999年 植村直己冒険賞、2000年旅の文化賞受賞。現在、武蔵野美術大学教授(文化人類学)。

アマゾンのブラックジャックを目指し市大医学部へ。旅を続ける手段として医師を志す。

― まず、アマゾンへの旅を始められたきっかけを聞かせてください。

一橋大学の法学部の教授が「ものの見方や考え方を身につけることが大切だ」とおっしゃっていて、それは、自分自身で見たり聞いたりした経験から生まれるものだと教えられました。大学に進学したものの自分のやりたいことが見つかっていなかったので、全く違う環境に自分の身を置いてみることで、全く違う自分を発見でき、やりたいことが見つかるのではと思ったんです。行き先は、インドでもアフリカでもよかったけど、どうせ行くなら、一番未知の部分が多いアマゾンを目指しました。

― 一橋大学卒業後、なぜ医学部を志望されたのですか?

病院で働くとか開業医になりたいとかではなく、アマゾンへの旅をとにかく続けたいと思っていたからです。その手段として、研究者やジャーナリストなど選択肢はいろいろあったけど、アマゾンの人たちを調査とか取材の対象には、したくありませんでした。友達としていっしょにいたかったんです。現地では突然村を訪ねて「泊まらせてください。食べさせてください。肉体労働でも何でもしますから」とお願いするんですが、実際は自分は何もできないどころか足手まといになっていることに気付きました。迷った末、医者になれば彼らに何かできるのではと考えたんです。「アマゾンのブラックジャックになりたい。」そう思っていました。医者は自由な職業で、「一年のうち半年は医者で、半年は旅」という暮らしをイメージしていましたし。でも実際は休みも少なく、全然自由がきかないことを、医師の資格をとった後で気付きましたね(笑)。

― 横浜市立大学での学生生活はどうでしたか?

1学年60人しかいなかったためか、とても面倒見のいい大学でしたね。春、秋の2ヶ月間ずつはアマゾンに行っていましたので、6年間のうち2年は大学にいなかったことになります。それでも卒業できたのは、勉強できるようにしっかり教えてくれる、先生方の熱心な指導と友達に恵まれたおかげです。授業料が月3千円と安かったのも助かりました。また、マラリアにかかってアマゾンから帰国したとき、日本では症例が少ないため、寄生虫学教室の貴重な標本になったことも、思い出に残っています。

― そこまで通いたくなるアマゾンの魅力って何なのですか?

いろいろなことを気付かせてくれる点ですね。たとえば、アマゾンに住む人は何でも一から生活道具を作って生活している。現在、武蔵野美術大学で教えていますが、ものづくりがテーマの大学でさえ、木や紙はお金を出して購入しています。しかし、彼らは自然から砂鉄集めや木の切り出しなどを行っています。それを見ていると、失敗もあるのですが、結果だけが重要じゃなく、過程も失敗も大切なことを教えてくれます。
あと、アマゾンのハンモックは日本のものよりもかなり大きくて、マンゴーの木と木の間に結びつけて横になると、とても快適なのもアマゾンの魅力のひとつですね。

― 関野さんの旅を代表する「グレートジャーニー」について聞かせてください。

アマゾンやアンデスの旅を通し現地の人たちと触れ合っている中で、ふと、この人たちの先祖やルーツについて興味が湧いてきました。そこで、アフリカで誕生した人類が、その後、世界中へ散って行ったルートを逆方向に辿っていこうと思い、グレートジャーニーを始めたのです。旅のルートは、南米大陸最南端のチリナバリーノ島から、人類最古の足跡化石が発見されたタンザニアのラエトリまでの約5万3千キロ。多くの人に支えられながら、たくさんの魅力的な人々と出会った旅でした。

若い人にはじっくりと時間をかけて好きなことを見つけてほしい。

― 現在挑戦中の「新グレートジャーニー」は、前回とはどこが違うのでしょうか?

グレートジャーニーのゴール後、次は自分の祖先つまり日本人が、どのように日本列島にやってきたかを知りたいと思い、新グレートジャーニーを始めました。日本人は、大陸から渡ってきた様々な民族の混血。「北方ルート」「南方ルート」「海上ルート」とそれぞれのルーツを旅しています。さらに今回は、移動手段にも縛りをつけました。グレートジャーニーの時は、人力にこだわり自転車も使用していましたが、今回は、縄文人のように自ら作った乗り物のみを使って移動しています。6年以上の歳月がかかっていますが、最後の「海上ルート」も間もなくゴールの予定です。

― 関野さんの今後の夢をお聞かせいただけますか?

青梅市に大きな森林地帯があるのですが、そこに「芸術と循環の森」を作ろうと思っています。いま、武蔵野美術大学で教えていて感じることは、芸術を志す人たちに対する社会状況の厳しさ。だからこそ、そこをアトリエにして、彼らの発表の場にしていきたい。また、そこで育てた有機栽培の野菜や果物を食材に使ったレストランやカフェを開き、自然エネルギーで全てをまかなえるような森を実現したいですね。私が何十年も海外を旅してきて感じたことは、「足下を見ること」がとても大切だということ。普段身の周りにある水・大地・空気という、当たり前のものを大切に感じる体験ができる、そんな場を作っていきたいと思います。

― 最後に現役の市大生へのメッセージをお願いします。

私たち日本人に足りないと思うのは、時間です。高校までは学校と家との往復の毎日で、好きなことを見つける余裕なんてないですから、決まっていなくて当然なんです。私自身も、大学に入学した頃は、一生を通してやりたいことが見つかっていませんでした。でも、大学生って比較的自由な時間がありますよね。この期間にじっくりと時間をかけて、好きなことをできたら仕事で見つけてほしい。そして、時間をかけて取り組んでほしい。2年3年続けていれば、どんなこともあなたの力にしっかりとつながりますから。

このインタビューの掲載されている広報誌whistle vol.10はこちらから >>>

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