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HOME  >  研究成果  > 高橋琢哉教授の研究グループが、トラウマ記憶形成の分子細胞メカニズムを解明

高橋琢哉教授の研究グループが、トラウマ記憶形成の分子細胞メカニズムを解明

―心の傷をコントロールする新薬開発の糸口になると期待―

横浜市立大学先端医科学研究センター 高橋琢哉教授のグループは特定の場所で受けた恐怖体験の記憶が形成される分子細胞メカニズムを世界で初めて解明しました。人は対人関係などの社会的関係をはじめとした様々な状況で嫌なことを経験します。その嫌な記憶が強く形成されてしまうと、トラウマとなり対人恐怖症等の社会性障害を引き起こします。トラウマ記憶形成の分子細胞メカニズム解明は健全な社会生活を営む上で非常に重要なステップであると考えています。げっ歯類を用いた今回の研究において、1)ラットが特定の場所に入った時に電気ショックを与えるとその場所に近づかなくなるが、その恐怖記憶が形成される際にグルタミン酸受容体の一つである*1 AMPA受容体が海馬のCA3領域からCA1領域にかけて形成されるシナプスに移行すること、2)前述のAMPA受容体シナプス移行を阻害すると、恐怖記憶が形成されないこと、すなわち海馬におけるAMPA受容体シナプス移行が恐怖記憶形成に必要であるということを明らかにしました。本研究は心の傷をコントロールする新薬開発の糸口になると期待されます。

※本研究は、2011年7月に発刊される米国科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されます。
※本研究は、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」、文部科学省「地域産学官連携科学技術振興事業」などの助成により行われました。

7月11日に行われた記者会見の様子(文部科学省記者会見室)

研究の背景と経緯

我々の脳は外界からの刺激に応答して変化をしていきます。こうした脳の機能を“可塑性”と呼びます。神経細胞と神経細胞をつなぎ、神経細胞間の情報伝達の中心を担っている構造体をシナプスと呼びますが、ある神経細胞が活性化するとその神経細胞のシナプス前末端より神経伝達物質が放出され、別の神経細胞にあるシナプス後末端にある受容体に結合することにより情報が伝わります(図1)。脳に可塑的変化が起こるとき、このシナプスにも応答が増強するといった変化が見られます。脳内シナプス伝達において中心的な役割を担っている神経伝達物質の1つがグルタミン酸であり、AMPA受容体はその受容体です。動物が新しいことを経験してシナプスに可塑的変化が起こるとき、このAMPA受容体がシナプス後膜に移動し、シナプスにおけるその数を増やすことによりシナプス応答が増強することはすでに明らかになっており(Takahashi et al. Science 2003)、AMPA受容体のシナプス移行が脳可塑性の分子基盤の一つであるというコンセプトが世界的に認められてきました。様々な脳領域の中でも特に海馬は記憶の中枢として長い間大きな注目を浴びてきました。しかしながら、海馬に依存した記憶を獲得する過程においてAMPA受容体のシナプス移行がどのような役割を果たしているのかということについては未だに知られていませんでした。今回我々は海馬に依存した恐怖記憶が心に刻まれるときに、AMPA受容体のシナプス移行が重要な役割を担っているということを明らかにしました。

研究の内容

本研究グループは、ウィルスを用いた生体内遺伝子導入法、電気生理学的手法、行動学的手法を駆使し、1)海馬に依存した恐怖記憶(*2 Inhibitory avoidance task)が獲得される過程で、AMPA受容体の一つであるGluR1が海馬におけるCA3領域からCA1領域にかけて形成されるシナプスに移行してシナプス応答が強化されること、2)さらに海馬CA1領域においてGluR1のシナプスへの移行を阻害すると恐怖学習の成立が阻害されること、3)恐怖記憶の強度がGluR1のシナプス移行を起こしている細胞の数に対数比例すること、を明らかにしました。これにより、海馬におけるAMPA受容体シナプス移行が恐怖記憶形成に必要であるということが明らかになりました。

今後の展開

本研究はトラウマ記憶形成の分子細胞メカニズムを明らかにしたものです。本研究はPTSD(心的外傷後ストレス障害)などの心の傷に起因した社会性障害等の精神障害をコントロールする新薬開発の糸口になると期待されます。

*1 AMPA受容体:グルタミン酸を神経伝達物質としたシナプスは、脳内情報処理の中心的役割を担っている。AMPA受容体はグルタミン酸受容体の一つで、神経伝達物質であるグルタミン酸が結合すると、イオンチャネルを形成しているAMPA受容体が活性化し、イオンが細胞内に流入する。このイオンの流入がシナプス応答になる。したがって、シナプスにおけるAMPA受容体の数が増えることによりシナプス応答が大きくなる。このようなシナプス応答の増強は記憶学習をはじめとした脳内情報処理の変化の中心的メカニズムであることが知られている。

*2  Inhibitory avoidance task:明るい箱と暗い箱を隣接させて両方の部屋をラットが自由に行き来できるようにする。ラットが暗い部屋に入った時に電気ショックを与えるとラットは暗い部屋に入らないようになる。この過程でラットは暗い部屋における電気ショックという恐怖記憶を獲得することになる(図2)。